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被災地視察リポート

揺れる心、心配する先生方

東北3県の被災校を訪ねました

 東日本大震災から2年半ですが、被災した多くの学校の復興はまだまだ進んではいません。現地はいまどんな困難を抱えているのか、どういう支援が望まれているか。それらを探るため、ベルマーク教育助成財団では7月下旬から、岩手・宮城・福島3県の被災校を回って調査を続けています。財団は今年度すでに、3県の計184校に対し、各校が希望する教育設備品や教材、生徒の移動バス代として、5050万円相当の支援を行いました。今回の現地調査は、今年度後期さらに来年度の被災校支援事業を考える際に活用する予定です。

    

    

遊ばせたいが場所がない…    <岩手>

 財団は8月下旬、県小学校長会の紹介で、沿岸部の小学校3校を訪ねました。陸前高田市立小友(おとも)小は、体育館は今年3月に、校庭は5月にようやく使えるようになりましたが、地震によるひび割れがいたるところに残る校舎は、4月から修理が始まったばか社会科見学に向かう岩泉町立小本中の生徒たち。バスは大切な移動手段ですり。プールの強化工事はこれからです。
 山田町立船越小は、「県立陸中海岸青少年の家」を間借りする状況が続いています。現在は、青少年の家も再開し他団体も通常利用するため、和室や宿泊棟など使える部屋も限られます。年度内完成を目標に、新校舎が建設中ですが、佐々木茂人校長は、「今、教材・設備品をいただいても、収容する場所がないんです。新校舎が出来てから、必要なものが出てくると思います」と話してくれました。
 釜石市立唐丹(とうに)小は、唐丹中敷地内の小・中併設の仮設校舎にいます。西村文利校長は、「グラウンドが無いことが一番の悩み。夏休みは、低学年の子どもは遊ぶ場所も無く、家でゲームばかりやっていたんだろう」と振り返ります。さらに、「先生たちは通常勤務で疲れており、休みの時までは難しいため、子どもたちと遊んでくれる学生が長期ボランティアで来てくれると助かる」と話してくれました。
 つづいて9月上旬、県中学校長会の紹介で、沿岸部の中学校4校を訪問しました。宮古市立田老第一中、岩泉町立小本(おもと)中、山田町立山田中、宮古市立第二中の各校は、今年度の財団からのバス代支援を、とても喜んでくれました。しかし、今年すでに終えていたり、生徒数によって1台で済む学校と4台のバスを必要とする学校があるなど、支援のタイミングや生徒数を勘案することが必要だと感じました。いまだ校庭に仮設住宅が立ち並ぶ宮古市立第二中の佐藤亥壱校長は、「野球部が54年ぶりに県大会出場が決まり、全校生徒で応援に行こうとしたが、バス代が無く困った。生徒たちから集めるしかなかったが、現状は負担が大変なため、結局選手だけ行くことにした」と苦渋の判断をしたそうです。こうした、学校行事や部活動で遠方へ出かける時にも、自由に使えるバス代が欲しいと話していました。

《写真》社会科見学に向かう岩泉町立小本中の生徒たち。バスは大切な移動手段です

    

    

新校舎どこに。  意見割れる    <宮城>

 宮城県沿岸南部地域の名取市、亘理町の中学校を9月11日、同県中学校長会の有見正敏会長(塩竈市立第一中校長)、細谷正信閑上中の教室には卒業生が残した「ありがとう」のメッセージがありました総務部長(塩竈市立第二中校長)の案内などで見て回りました。
 仙台市のベッドタウン、名取市。海岸から2キロほどの住宅と水田、イチゴ畑に囲まれた同市立閖上(ゆりあげ)中学校の校舎は鉄筋3階建ての立派な造りでしたが、地震で大きな被害を受けました。今は無人の廃墟と化し、惨状を留めています。正面玄関の壁に設置された掛け時計は地震発生時の午後2時46分で針が止まっていました。
 生徒14人、保護者21人が津波の犠牲に。全校生徒156人のうち、仮設住宅で暮らす生徒は44人、アパートは65人にのぼります。現在は4キロほど内陸部に仮設校舎があり、全生徒のうち、82人がスクールバスで通っています。
 校門手前の2階建て住宅を含めて、学校周辺には津波に呑み込まれずに、どうにか残った住宅が点在していますが、ほとんどは修復されることもなく、住む人もいない状態です。閖上中の武田和義校長によると、「造成し直して、ここに住むのかどうか、まだ住民の意見が一致していない」そうです。
 閖上地区を襲った津波は閖上中から西に1.5キロほどの場所を南北に走る高速の仙台東部道路で止まりました。この道路が防波堤になり、道路を隔てた西側の地域は地震、津波のダメージが少なくてすみました。現在、閖上中はその西側地域の公園の敷地に建てられたプレハブ校舎です。校舎の建て直しは決まっていますが、地域の状況と同様にどこに立て直すのか、地域住民、保護者の意見は割れています。「元の場所で大丈夫かという声もあれば、内陸部の離れた場所では不便という意見もあります」と武田校長。
 いまだに学校に来られない生徒、不登校傾向にある生徒にどう向き合っていくのか。一番の心配は子どもたちの心の問題です。
 さらに南に位置する亘理町。海岸から3キロ離れた町立吉田中学校は津波で約70センチの床上浸水の被害を受けました。いまは通常の授業態勢に戻りましたが、地震で地盤が下がり、「雨が降ると、水浸しの校庭はなかなか乾かない」と清野和夫校長は話します。
 一帯はイチゴ栽培で有名。同中の保護者のうち、イチゴ農家約350戸が大きな被害を受けました。学区内はかつて2250世帯ありましたが、7月末現在は1230世帯に減っています。それでも一時避難していた生徒が少しずつ戻り、現在の生徒数は115人(震災前、約150人)。うち就学支援を受けている生徒は74人にのぼります。
 同中には、校舎が壊れた近くの長瀞(ながとろ)小学校(佐藤博幸校長)が間借りしています。児童数は約200人です。
 吉田中の清野校長の心配もやはり生徒たちの「揺れる心」。国語の時間に作文を書かせると、「でも、だが、しかし」という逆説的な言葉が多いのです。「心の内面をはき出しきれていないんです。できるだけ、在学中に改善させたい」とも。そのためには「心の支援をお願いしたい」と話します。今後も震災で保護者を失った子どもたちの入学が予定されています。「何気ない一言に傷つく生徒がいることに、気づかっていきたい」と話していました。

≪写真≫閑上中の教室には卒業生が残した「ありがとう」のメッセージがありました

    

    

帰るメドなく。  長引く避難    <福島>

 福島県の被災校には、地震・津波の被害のほかに、深刻な現実が加わります。福島第一原発の事故による影響です。今なお高い放射線量のために、いつ郷里に戻ることができるのか全く見えない学校が少なくないのです。県内外、また一部は国外に散った子どもたち避難先の福島市郊外の仮設校舎で卓球の練習をする飯舘中の生徒たちはこれからも長い避難生活を強いられます。
 財団は7月下旬、県中学校長会の君島勇吉会長らに案内してもらって、中学校4校を訪ねました。福島市郊外の工場を改修して仮住まいしている飯舘村立飯舘中と、二本松市の旧小学校舎に入っている浪江町立浪江中、三春町の旧工場管理棟を4校・1幼稚園で使っている富岡第一中・第二中です。
 飯舘中の帰村計画はまだまったく立ちません。村にある校舎では草がのび放題でした。生徒の8割近くが福島市内の借り上げアパートから登校し、スクールバスは13コースにのぼります。
 浪江中では、数百人規模だった生徒数は現在わずか43人になりました。
 富岡第一中の吉田隆見校長によると、体をいっぱいに動かせる体育館やグラウンドもなく、生徒の体力低下や肥満傾向が心配だそうです。学習意欲をはじめ「やる気」をいかに引き出すかも課題だと言います。
 各校では、いろいろな部活動や体育・理科の授業などに使う用具や備品がなお不足している、と話していました。

《写真》避難先の福島市郊外の仮設校舎で卓球の練習をする飯舘中の生徒たち

(2013/10/01)

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