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ベルマーク版オーサー・ビジット


北京五輪メダリスト 朝原宣治
福岡県春日市立春日野小でオーサー・ビジット
陸上の朝原宣治さん 夢にチャレンジしよう
    

教育評論家 尾木直樹
茨城県土浦三中でオーサー・ビジット
尾木ママが特別授業、「どうしたの?」は魔法の言葉
    

落語家 桂文我
おなかが痛くなるくらい笑いました
    

絵本作家 宮西達也
舞った! プテラノドン
    

宇宙飛行士 山崎直子
鹿児島県伊佐市の大口明光学園
丁寧な説明・体験に生徒感動

福岡県春日市立春日野小でオーサー・ビジット
陸上の朝原宣治さん 夢にチャレンジしよう

 2008年北京五輪の陸上男子400メートルリレー銅メダリスト、朝原宣治(のぶはる)さん(41)が12月12日、福岡県春日市立春日野小学校(大鶴和人校長、757人)を訪れ、特別授業を行いました。熱烈歓迎の中、朝原さんが運動場で走り方のお手本を花のアーチ、拍手の中で朝原宣治さんが入場披露し、疾走してみせると、大歓声が起き、拍手が響きました。
 福岡市に隣接する春日市。その東部に位置する春日野小学校の創立は1991年4月です。2004年5月にベルマーク運動に参加し、現在、担当しているPTA学年学級委員の別當(べっとう)利恵さんらがオーサー・ビジットで「朝原宣治さんを呼ぼう」と、子どもたちにメッセージを書いてもらったら「足が速くなるコツを」「もっとくわしく教えて」と要望が相次ぎ、この寄せ書きを添えて応募したそうです。朝原さんは訪問先を決める際、「これにしようと直感で選びました。ビビッと来ましたよ」と話していました。
 朝原さんは大阪ガス社員ですが、陸上クラブで小学生たちにも教え、短距離走の解説者として有名です。午前11時前、全校児童と50~60人のPTAの方々が体育館に集合。5、6年生の子どもたちが「朝原宣治さんようこそ春日野小学校へ」という手作りの歓迎パネルや花のアーチを掲げて、拍手、合唱で朝原さんを迎えました。藤河久美教頭が「この企画を実現できたのは皆さんのメッセージが朝原さんに伝わったからです。朝原さんがどうやって目標を持って頑張ることができたのか、その秘密を聞きましょう」とあいさつ。朝原さんを紹介する別當さんは「2020年に東京五輪があるので、朝原さんの話、実技を学んで、ヒントになればうれしいです」と話しました。
朝原さんとの競走に先生も飛び入り参加
 朝原さんは「みんなのキラキラとした目を見ていると、ここに来てよかったと思います」と感想を述べて、講演に入りました。最初に朝原さんの20年の陸上競技人生の軌跡をまとめたDVDが流され、子どもたちは真剣に見入りました。朝原さんがオリンピックに出場したのはアトランタ、シドニー、アテネ、北京の4大会連続なのですが、神戸市に住んでいた小学生のころ、何をしていたのかといえば、「スポーツはやっていませんでした」。習い事は書道とヤマハのエレクトーン教室。最初の夢は、みたらし団子屋さんになること、その後、夢は獣医師や通訳、ツアーコンダクターと変わっていったそうです。
 ところが、中学生になって生活が変わります。ハンドボール部に入り、全国大会にも行きました。3年間、厳しい先生の指導のもと、休むことなく、練習や試合をやらされたそうです。その経験から、高校生になって陸上を始めます。「人からやらされるのではなくて、自分で頑張ろうという気持ちがわき、進んでやるようになったわけです」と振り返りました。
 その経験をもとに、春日野小の子どもたちに話しかけます。「何か、夢中になることがあったらトコトンやってほしい。つらくても自6年生28人との会食会に臨む朝原さん分が納得するまで、達成感を味わうまで頑張ってほしい。するとやればできるじゃないか、という自信が生まれます。いろんなことに興味をもって、チャレンジしてもらいたい」。これが朝原さんからのメッセージです。
 6年生の本田愛倫さんと木寺大貴君が「何事にも前向きにチャレンジすることやつらくても納得するまでやってみて達成感を味わうことの大切さがとても心に残りました」とお礼を述べました。
 正午前、運動場で実技指導に入りました。対象は希望が強かった3~6年生の32人です。指導にはバルセロナオリンピック(1992年)の女子マラソン代表で、現在、西日本短期大学(福岡市中央区)の非常勤講師、駅伝部監督を務めている小鴨由水(ゆみ)さんも加わりました。PTAの方々の知り合いで、小鴨さんの希望もあっての参加です。
 朝原さんがお手本を示しながらの準備運動。ジョギングから屈伸、もも上げ、腕振り、高いスキップなど行いました。準備運動が終わると、4チームによる対抗リレーです。見守る子どもたちが応援しました。最後は、運動場の真ん中の直線ラインを使い、朝原さんを交えた競走です。飛び入りの男性教員3人、小鴨さんも加わった競走では朝原さんがみんなを抜き去る疾走を見せ、子どもたちから歓声がわきました。
 実技指導は1時間弱。6年生の梶原万結美さんと前田宗一郎君が「教えてもらった走り方を忘れずに活用していきます。きょうは一生懸命教えてもらってありがとうございました」と感謝の言葉を述べました。指導が終わると、朝原さんの周りに子どもたちが集まり、握手を求めていました。この後、給食時間帯になり、6年生28人による「朝原さんとの会食会」が開かれました。藤河教頭は「子どもたちに、あきらめずに頑張って、ということを教えて下さいました。朝原さんはみんなに夢を与えてくれました」と感激していました。

≪写真上から≫
・花のアーチ、拍手の中で朝原宣治さんが入場
・朝原さんとの競走に先生も飛び入り参加
・6年生28人との会食会に臨む朝原さん

茨城県土浦三中でオーサー・ビジット
尾木ママが特別授業、「どうしたの?」は魔法の言葉

 子どもたちに人気の本の作者(オーサー)が学校を訪問して授業をする「オーサー・ビジット」。11月21日、茨城県の土浦市立土浦第三中学校(酒井将志校長、634人)に、「尾木ママ」こと教育評論家の尾木直樹さんが登場しました。ベルマーク財団と朝日新聞社が主「共感力」が大事と話す尾木直樹さん催する特別授業です。
 尾木さんは、1年生が書いた色紙を見せながら「ほのぼのとしたこの絵に引かれ、この絵1枚でここに来ました」と、たくさんの応募の中から土浦三中を選んだ理由を伝え、事前にアンケートで募った質問に答える形で授業を始めました。
 尾木ママと呼ばれるきっかけは、4年前のテレビ出演。尾木さんが女性的なしゃべり方になっていると、明石家さんまさんが「ママ」と呼んだのが始まりだそうです。「仕事が無くなる」と思った尾木さんは「違う、違う、ママと違う。きちんとした男の人や」と言ったのに、オンエアーではそのまま使われたといいます。
 「性別はどっち?」との質問には、「僕は両生類です。便利なのよ」と回答。男の脳と女の脳は作りが違う。女性はコミュニケーションをするのに和気あいあいとする「共感脳」。一方、男性はものごとを論理的に捉え、理屈で解決しようとする「解決脳」。だから、女性のことは「どんどんおだててればいいのよ」と、やわらかい口調で答えました。
 授業のテーマは「上手な人とのつき合い方」でした。
 人間関係で一番大事なことは「誠実さ」と「共感力」。共感力とは「相づち」を打つこと。そうすると心が元気になると伝えました。
尾木さんの話に生徒も保護者もにっこり スマートフォンの使い方には、注意を促しました。複数の人とやりとりできるアプリ「LINE」について「すごく便利だけど、しっかり考えないと人間関係がめちゃくちゃになる」と指摘。LINEでは討論しないと決めて使うなど「上手に使おう。持っていない人が仲間外れにならないように思いやること」と話し、先生方やお母さんたちも一緒に考えてほしいと訴えました。
 さらに、赤ちゃんが一番先に飛びつくおもちゃがスマホであり、尾木さんの1歳半の孫がロック解除してスマホから電話してきたエピソードを紹介、親が使うのをいつも見ているからできたと話します。そして「みんなが共感力を持って気を配れるような土浦三中にしてほしい」と話し、「魔法の言葉」をプレゼントします、それは「どうしたの」の5文字、友だちに使ってくださいと伝えました。
 尾木さんは、会場の体育館後方にいた180人ほどの保護者の席にも行き、子どもたちを叱らないで「どうしたの?」と聞いてほしいこと、また女の子がパパとうまくいっていない時は、パートナーシップでいってほしいとアドバイスしました。
 尾木さんは滋賀県出身。早稲田大学卒業後、高校・中学の教師を22年間務めましたが、46歳の時「一つの学校ではやり切れない、日本の教育を何とかしたい」と教育評論家に転身しました。今、「本来の仕事は法政大学の教師」ですが、これまで200冊以上の本を書き、昨年は500回ほどテレビ出演したそうです。
 「ママになったら、楽しいから元気になった」と語り、さんまさんが司会する「ホンマでっか!?TV」では、ベルを押さずに話す門倉先生のことが大好きで、「この番組にはやたら変な人が多いけど、いろんな人がいていい。だからおもしろい」と話しました。
 尾木さんは最後に「男と女は違うよ。共感力を上手に使う。LINEを上手に使う。つまらないトラブルが起きないようにしてください」と特別授業をまとめ、「全国の先頭を行ってください」とエールを送りました。
生徒に囲まれ記念撮影
 生徒を代表して秦野嵩広君(3年)が「尾木先生の言葉は心の支えとなり、困難なハードルを越える時、大きな一歩となります」とお礼の言葉を述べました。生徒会副会長の齋藤颯太(そうた)君(2年)は「2週間前に尾木ママが来てくれると聞いて、楽しみにしていました。LINEをやっていますが、危ない部分があることが分かり、気をつけようと思いました」と感想を話してくれました。
 土浦三中は1994年にベルマーク活動に参加し、JRC委員を中心に取り組んでいます。「絵本を届ける運動」には昨年から2年続けて参加、ベルマーク収集は各クラスにオリジナルの収集箱を置いて回収していますが、仕分け・送付が2005年以降行われておらず、マークがたくさんたまっているそうです。担当する青木麻理子先生は、オーサー・ビジット開催をきっかけに、「今月をベルマーク強化月間として取り組んでいます」と話してくれました。
 ベルマーク財団が主催するオーサー・ビジット。今年度は尾木さんら5人のオーサーが各地の学校を訪問します。ベルマーク運動に参加している全国すべての学校や団体が応募でき、来年度も実施する予定です。

≪写真上から≫
・「共感力」が大事と話す尾木直樹さん
・尾木さんの話に生徒も保護者もにっこり
・生徒に囲まれ記念撮影

おなかが痛くなるくらい笑いました

 1月28日、長野市立吉田小学校(由井謙一校長、751人)に、噺家(はなしか)の桂文我さんがやってきました。ベルマーク版オーサー・ビジットのひとつで、5年3組の児童が中心となって書いた色紙が文我さんの目に留まり、今回の開催となりました。
1年生の児童を高座に上げ、落語の手ほどき 文我さんは、全国各地の高座に上がる一方、1992年から「おやこ寄席」を行い、子どもたちに落語のおもしろさを伝えています。この日は文我さんの申し出で、1・2年生、3・4年生、5・6年生と、年齢に合わせた3回の高座となりました。会場となった視聴覚室は、文我さんが前日の夕方から準備しただけあって、寄席の雰囲気たっぷりでした。
 最初は、1・2年生です。文我さんが登場すると、大きな拍手が起こりました。文我さんの「今日、楽しみにしていた人」の呼びかけに、「はーい」という大きな声とともに、全員の手が上がりました。「落語とは、2人以上の人物や動物が登場し、最後にオチがついて終わるものです。それでは、落語の中で一番長いものは、どのくらいかわかりますか」。その問いかけに、「はい、はい」と、あちこちから手が上がりました。「13時間」「おっ、ずいぶん長いな」、「3時間」「だいぶ短くなったな」、「8時間」「間をとったな」。その掛け合文我さんの所作に釘付けいに笑いが起こりました。答えは、1時間30分。「それでは逆に、一番短い落語はどのくらいだと思いますか」。こちらの問いにも、さまざまな答えが返ってきました。そして、文我さんが「正解は、3秒です」と言うと、「えー」と驚きの声が上がりました。
 1・2年生には、二つのはなしをしました。一つは、4人の癖をもった人物のやりとりが愉快な「四人癖」。もう一つは、悪さをしたタヌキが権兵衛さんに頭を丸坊主にされたが、今度はそのタヌキがひげを剃ってくれとやってくる「権兵衛狸」。子どもたちは、のけぞったり、手を叩いたりして大笑いしていました。
 また、1年生の男の子を高座に上げ、噺家体験をさせる場面もありました。
 2年生の女の子からは「自分でも落語をやってみたい」、1年生の男の子からは「初めて本物の落語を見て、すごく楽しかった」という感想がありました。
 3・4年生には「一番短い落語は3秒」の話をしたあとの実演で、「となりの家に囲いができたね」と言われたときに「へー」と返す笑いっぱなしの1時間でしたと、塀と感心した時のへぇが重なっていておもしろい。これを「かっこいい」と返してもいいが、囲いとかっこいいが同じことばなので、あまりうまい言い方だとはいえない。そのときは「となりの家に塀ができたね」と言ったほうがいい。と、上手なダジャレの伝授をしました。
 このあと、もの覚えの悪い丁稚奉公(でっちぼうこう)と旦那さんらとのやりとりがこっけいな「おしりつねり」というはなしをしました。
 4年生の女の子からは「自分でも3秒の落語を考えてみたい」という感想や、「頭の中に光景が浮かんだ」という感想が出ました。
 最後は、5・6年生です。落語のおもしろさは、真面目に言ったことがちょっとずれているところだと言います。四文字熟語の穴埋め問題で、弱肉強食の1文字目と3文字目の空欄を埋めたら焼肉定食。七転八起の2文字目と4文字目の空欄を埋めたら七泊八日。アメリカ合衆国を発見した人はコロンブスならぬ、立派な人。子どもたちは、一つ一つの答6年の児童から、お礼の言葉と花束贈呈えに感心したり、笑いころげたりしていました。
 そして、三つのはなしを聞きました。店の主人が、丁稚に「し」の字がつく言葉を必死に言わせようとする「しの字丁稚」。松五郎、梅吉、竹蔵のめでたい名前の3人が結婚式で芸を披露する「松竹梅」。「ん」の付いた言葉を言えば、その数だけたこ焼きを食わせてやるという「うんまわし」です。
 6年生の女の子は「おなかが痛くなるくらい笑いました」と、興奮気味に話していました。
 最後に、6年生の児童からお礼の言葉と花束の贈呈がありました。寄席会場となった視聴覚室は、一日中、子どもたちの熱気と笑いにあふれていました。
 吉田小学校は、1963年からベルマーク運動に参加しています。累計で560万点余りのマークを集めています。ベルマーク預金で子どもたちのために教材・設備品を購入するだけでなく、友愛援助として、毎年一定額を被災地や海外の子どもたちのために寄付しています。

《写真上から》
・1年生の児童を高座に上げ、落語の手ほどき
・文我さんの所作に釘付け
・笑いっぱなしの1時間でした
・6年の児童から、お礼の言葉と花束贈呈

舞った! プテラノドン

「ギャオー、おまえ、うまそうだな」。宮西先生は声色(こわいろ)を使いながら、読み聞かせをします 秋田県横手市の市立朝倉小学校(永沢敏昭校長)で12月10日、絵本作家の宮西達也さんのオーサー・ビジットがありました。前半は443人全児童を対象にした絵本の読み聞かせ、後半は6年生を対象に恐竜の模型作りです。合計3時間を超す長丁場でしたが、人気作家のお話と丁寧な指導に、子どもたちから感動の拍手と歓声が何度も会場に響き渡りました。
 会場は朝倉小の体育館。広々とした場内には大型の暖房器具があちこちに用意され、寒くありません。保護者たちも集まりました。オーサー・ビジットの企画を担当した佐藤貴子教諭は「これまで何度も応募していました。宮西先生がどうして朝倉小を選んでいただいたのか。今日は楽しいお話が聞けると思います」と始まるのが待ちどおしそう。
 午後1時にスタート。前半は宮西先生の代表的な5つの作品を次々に読み聞かせました。「はーい!」「まねしんぼう」「にゃーご」などなど。壇上のスクリーンに作品の絵をスライドにし、巧みな声色(こわいろ)で、子どもたちを魅了しました。人気作品シリーズの「おまえうまそうだな」は5番目。草食恐竜の子ども「うまそう」と肉食恐竜「ハート」の心温まる出会い物語。ハートが「おまえ、うまそうだな」と言って食べようとすると、その子が「うまそう、と名付けてくれた父親」と勘違いしてしまう。そこからストーリーが始まり、別れが来るまでの様々な出来事を、宮西先生が手振り身振りを交えて熱演しました。熱心に聞き入る子どもたちからは「とても、楽しい」との声がばかり。見学にきた1年生女児のお母さんは「絵本で読むよりもすごく迫力があり、感動しました。親子の情愛、子どもたちの友情のお話がとても好きです」と話しました。
オンリーワンのつばさよ。どう? 読み聞かせの最後には、宮西先生手作りの空飛ぶ恐竜・プテラノドンが天井から甲高い鳴き声とともに空中を舞うように降りてきました。薄暗い会場は一瞬、何が起きたのかと驚く子供たちのどよめきの声が広がりました。このプテラノドンは前日に、宮西先生が共催の朝日新聞社の人たちの手伝いで完成させた厚紙製です。体長は1メートルを超す立派なものです。そして天井から舞い降りるアイデアは永沢校長、声は先生たちが授業当日の10日朝に、考え出して実行したものでした。
 永沢校長も「おもしろいですね。子どもたち、とても引きつけられています。先生の絵本はみんな、だいたい読んでますからね、楽しんでいる感じですよ」とうれしそうです。
 後半の午後2時からは6年生80人の工作時間。5人1組に分かれて、プテラノドンの模型作りです。設計図は宮西先生のこのプテラノドン。これを参考に色、翼(つばさ)の感じ、背中のキザキザ感など、グループごとに考えます。胴体用と手足用の厚紙、絵の具、ハサミ、テープなどがグループごとに用意され、後は宮西先生のマイクを使っての説明があるだけです。
 それでも、どのグループも役割分担を決めて作業に取りかかりました。「最初は胴体を作ってください」「今度は、お口を作るよ」「最初はうまくいかない、少しずつきれいにすればいいよ」などと、宮西先生はグループの間を動き回りながら、手順を説明しました。
 胴体部分を円形にホチキスで止めたり、鉛筆の書き込みに沿ってハサミを入れて足を作ったり。素早くパステル絵の具で色づけする役割の人もいます。
 始まってから、すでに1時間45分。「時間ないよ」の宮西先生の呼びかけに、子どもたちは完成しつつある模型の絵の具を乾かそうと、新聞紙や残りの厚紙を、団扇(うちわ)がわりにして一所懸命に乾かします。
 いち早く完成した6年3組の齊藤真子さんは「すてきなお話を聞いたり、恐竜作りをみんなでやれたりして、本当に良かった」と笑顔で話しました。 永沢校長は「いいクリスマスプレゼントになりました」と満足そう。
 作業は予定の午後4時を過ぎました。未完成の作品は翌11日に追加作業をし、全20作品が完成し、宮西先生のプテラノドンとともに、校舎の廊下部分につり下げられました。このプテラノドンたちは、完成させた6年生たちが卒業する来年3月まで展示するそうです。

≪写真上から≫
・「ギャオー、おまえ、うまそうだな」。宮西先生は声色(こわいろ)を使いながら、読み聞かせをします
・オンリーワンのつばさよ。どう?
・どれも力作のプテラノドン。来春の卒業式まで、みんなの目を楽しませます(朝日新聞提供)

鹿児島県伊佐市の大口明光学園
丁寧な説明・体験に生徒感動

 日本人2人目の女性宇宙飛行士、山崎直子さん(42)が12月17日、鹿児島県伊佐市の私立のカトリック女子校・大口明光学園中学校・高校(重水康夫校長、138人)を訪れ、「宇宙・人・夢をつなぐ」と題した特別授業をしました。体育館に全校生徒や約4拍手を浴びて笑顔で入場0人の保護者、隈元新・伊佐市長らが集まり、山崎さんを歓迎。山崎さんはスクリーンの映像を示しながら丁寧に説明し、生徒たちは宇宙への思いを身近に感じて熱心に聴き入りました。
 ベルマーク活動を担当している生徒会が「ベルマーク版オーサー・ビジット」を知り、山崎さんから宇宙への夢を実現するまでの努力、滞在した国際宇宙ステーションでの体験を聞きたいと、この6月、各クラスの写真と色紙を添えて応募しました。その素敵な色紙を通して生徒たちの熱意、意気込みが山崎さんに伝わりました。
 特別授業は午後2時過ぎ、高校生徒会副会長で1年生、齋藤ららさんの司会で開幕。山崎さんは宇宙のクイズから始めました。「この50年間で宇宙に行った人の数は? 正解は約500人で、うち日本人は9人です」「宇宙では身長が2~5センチ、高くなります」。生徒たちはメモを取りながら聴きます。
 千葉県松戸市生まれの山崎さんは、子どものころ、「星がきれいだなあ」と思い、アニメの「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」や天体望遠鏡から月のクレーターを見て、少しずつ宇宙が好きになったそうです。中学校時代、英語部に入り、海外への思いを膨らませていきます。1986年1月、スペースシャトル・チャレンジャー号の発射を見たそうです。その73秒後に大爆発事故になり終始、分かりやすい特別授業ましたが、それでも頑張っている人がいると分かり、宇宙飛行士として意識するようになったそうです。高校時代、テニス部に入り、仲間と一緒にコツコツと練習を重ねて汗を流しました。この経験が宇宙飛行士の訓練と重なります。「宇宙飛行士になっても実際に宇宙に飛ぶまで11年間、訓練を続けました。高校時代とすごく通じるものがあります。目の前のことを一つ一つおろそかにしないこと。これが夢への一番近道かもしれません」
 宇宙飛行士の1度目の試験は不合格だったそうです。書類審査の段階で門前払い。「興味があったらまず行動に移す。そしてあきらめずに一歩踏み出す。常に謙虚な気持ちで学んでいくこと。それが大切です」。山崎さんは2度目の挑戦で、合格しました。
 宇宙飛行士に合格して11年後の2010年4月、ようやくシャトル計画が再開され、ディスカバリー号に乗り込みました。打ち上げ後、「あっという間」の8分30秒で、地上400キロ上空の地球周回軌道に到達しました。
 現在、日本人宇宙飛行士の若田光一さん(50)が国際宇宙ステーションで船長(コマンダー)を務めていることを山崎さんは挙げながら、ステーション内の生活、食べ物などを紹介しました。みんな驚いたのは、歯磨きのうがい水は飲み込むことやトイレのリサイクル方式のことです。トイレでは3年前から回収した尿を殺菌して飲み水に使うそうです。山崎さんは「宇宙から見ると、『地球』も一つの『宇宙船』に見えます。限りある資源・エネルギー・環境を大切にしましょう。素敵な自然環境に住む伊佐市も色々できることがたくさんあるので、アイデア・知恵を世界に向けて発信してほしいものです」と呼び掛けました。
 山崎さんは最後に好きな言葉を紹介しました。スクリーンに現れたのは「WONDER(未知)FUL=すばらしい!」です。「分からないことがたくさんあって、それが素晴らしいという意味です。宇宙も科学もそうだし、私たちの人生も同じでしょう。皆さんも毎日を大切にして、道を開いて、はばたいてください」と激励しました。
 いよいよ、質疑応答です。次々に手が上がります。「宇宙食で一番おいしかったのは?」「カレーライスとラーメンです」「宇宙に行って、一番驚いたのは?」「最初は窓から外を見て、地球が真上にあったこと。そして無重力です。ゆりかごの中で浮いているように懐かしい感覚を覚えました」――。16人の質問に、山崎さんが気さくに一つ一つ丁寧に答えました。
山崎さんを囲んで記念撮影
 最後に高校生徒会長で2年生の原田すずかさんがお礼に立ち、「貴重な体験を聴いて、感動しています。目の前のものを一つ一つおろそかにしないことが夢への近道だという山崎さんの言葉が特に心に残りました。私たち『明光生』の一生の思い出です」と感謝を述べ、中学生徒会長で2年生の濱那奈さんが花束を贈りました。
 2時間弱の特別授業。重水校長は「生徒たちが本当に喜んで、あんなに質問が出るとは思いませんでした。分かりやすいお話で、いい体験でした」と感謝を述べました。
 鹿児島県最北端にある伊佐市は、2008年11月に大口市と伊佐郡菱刈町が合併して生まれた市です。人口は約2万8千人。北側は熊本県に、東側は宮崎県に接している内陸盆地で、「伊佐米」の名で知られる鹿児島県内でも屈指の米どころです。
 大口明光学園中学校・高校の設立母体はローマに本部を置くカノッサ修道女会で、1961年4月に旧・大口市(現・伊佐市)の招へいに応えて開校しました。生徒数は中学生、高校生を合わせて138人。教育精神は「愛と奉仕」で、校訓は「真実にして、叡智(えいち)に富み、義務を重んぜよ」です。ベルマーク運動に参加したのは1971年12月。今年6月、第16回友愛援助事業のうち、東日本大震災の被災校への支援としてベルマーク預金の中から10万円分をベルマーク教育助成財団に贈っています。

≪写真上から≫
・拍手を浴びて笑顔で入場
・終始、分かりやすい特別授業
・山崎さんを囲んで記念撮影

(2014/02/03)

     あなたの愛が鳴り響きます。
            ベルマークから、ありがとう。

ベルマーク教育助成財団 tel:03-5148-7255