2019年10月号 読んでみたい本


(2019/10/10)印刷する

  

児童文学評論家 藤田のぼる

  

絵本

 

『丘のうえのいっぽんの木に』(今森光彦・作、童心社)

 里山が舞台の多くの写真絵本でわたしたちを魅了してきた作者が、切り絵で自然の世界を表現しました。一本のエノキが作品の舞台にして主人公。もう一方の主人公がオオムラサキで、エノキに産みつけられた幼虫が、やがてさなぎとなり、そこから蝶が現れます。その生命の営みが、白と黒のコントラストで描かれていきます。カラーは巻末の解説と表紙の題字だけ。ゆっくりじっくり味わいたい絵本です。(低・中学年以上向き、1400円+税)


『しょうぎ はじめました』(間部香代・文、田中六大・絵、文研出版)

 藤井聡太七段の活躍で、小中学生の将棋人口が増えたと聞きますが、これは物語仕立ての将棋入門絵本。学童クラブで将棋に触れた主人公が、父親やおじいちゃんの手ほどきで腕を上げていきます。作者の間部さんは、将棋好きのお父さんが「香車」にちなんで名前をつけたというほどの生え抜き。子ども一人でこの絵本からルールを会得するのはちょっと難しいかもしれませんが、親子で、教室で、将棋に親しんでいくための、絶好の手引きとなりそうです。(低・中学年から、1400円+税)

 


低・中学年向け

 

『おじいさんは川へ おばあさんは山へ』(森山京・作、ささめやゆき・絵、理論社)

 ある日、おじいさんは川に、おばあさんは山へ出かけました。川に向かったおじいさんは、子どもたちにいじめられていたかめを助け、山へ行ったおばあさんは木にかかった羽衣を見つけ……という具合に、二人は次々に他の昔話の世界の中に入り込んでいく、というか、渡り歩く展開になります。それをつなぐのが黍団子ならぬ、おばあさんの作った玉子やきというのも楽しい。「きいろいばけつ」などの幼年文学で親しまれた作者の遺作です。(低・中学年以上向き、1300円+税)


『おうちずきん』(こがしわかおり・作、文研出版)

 こちらは表紙に赤い頭巾を被った女の子。「赤ずきん」のパロディーのようですが、「おんなのこには、おうちがありません」と始まります。持ち物は古ぼけた頭巾だけ。「おうちがほしいな」とつぶやいた女の子の前に現れたのは、双子のようなおばあさんたち。頭巾に縫いつけてくれたドアを開くと、中はすてきな家に。そしてこの家には、次々に楽しいお客さんがやってきます。このあたりの展開は、ラチョフの絵本「てぶくろ」のよう。楽しさに、ほんの少し女の子の切なさも感じられて、不思議な作品世界が味わえます。(低・中学年向き、1200円+税)

 


高学年・中学生以上向き

 

『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』(椰月美智子・作、早川世詩男・絵、小峰書店)

 公園でスケボーができなくなった拓人たち三人組。近くの神社の前の道はどうかと考えますが、気になるのは管理人のおじいさん。案の定、スケボーを始めた三人の前に現れますが、怒るどころか自分もやってみたいというのです。ところが転んで右手を骨折してしまい、拓人たちの親は、スケボー禁止と、一人暮らしの管理人さん(85歳の田中さん)の家に通って身の回りの世話をするよう言い渡します。話してみると意外に気さくな田中さんは小学校の大先輩で、終戦直前に空襲で母と妹を失い、父と兄も戦死、それからこの地域の寺に預けられたというのです。少年たちと老人の友情というと名作『夏の庭』を思い出しますが、こちらはより隣にありそうな設定という感じがして、読者はまわりの「昔は同い年」だった人たちに、今までと違った目を向けるようになるのではないでしょうか。(高学年以上向き、1400円+税)


『思いはいのり、言葉はつばさ』(まはら三桃・作、アリス館)

 舞台は中国、近い昔、というぐらいの時代か。主人公の少女チャオミンは、てん足をしています。そのチャオミンが10歳を迎えた朝から物語が始まります。チャオミンの一つ年上の友だちのジュアヌが、街に縫い物を習いに行っており、そこではニュウシュ(女書)も教えてくれるというのです。ニュウシュとは、女性だけが書く文字で、その不思議な美しさにチャオミンは惹かれます。10歳になったので、ジュアヌと一緒に通えるのです。縫い物は苦手なチャオミンでしたが、ニュウシュの腕は上がっていきます。そして、あこがれのお姉さんであるシューインから、結交姉妹になろうという手紙をもらうのです。結交姉妹とは、血は繋がっていなくとも特別な結びつきを約束する間柄でした。シューインへの返事が、チャオミンが初めて書いた手紙でした。そのシューインが結婚すると聞き、チャオミンの心は複雑に揺れます。

 時代小説ですがファンタジーのような味わいがあり、けれどもこれはあの時代に実際にいたかもしれない少女なのだということが、じわじわと心に響いてくる物語でした。(高学年・中学生以上向き、1400円+税)


『アジアのおはなし、読んでみよう』(「世界の子どもたち」の会・訳、上嶋恵津子・絵、てらいんく)

 児童文学の世界に創作の同人誌はたくさんありますが、「世界の子どもたち」は三十年以上にわたって発行されてきた翻訳の同人誌です。今回「「世界の子どもたち」傑作選」と銘打たれたこの本を読んで、本当に傑作だなと思いました。収録されているのはオセアニアを含むアジアの、そして欧米に住むアジア系の人たちの物語18編。「黒い幽霊」はカナダのムスリムの子どもが主人公。全身を黒ずくめでおおった母親の姿を他の子に見られるのが嫌で、なんとかごまかそうとする男の子。異文化の最前線にいる子どもたちの姿が印象的です。学校の図書館にぜひ置いてほしい本だと思いました。(高学年以上向き、2200円+税)

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