2015年秋季号 読んでみたい本


(2015/10/28)印刷する

  

児童文学評論家 藤田のぼる

  

 今年は戦後七十年ということで、子どもの本の世界でも戦争に関わるイベントが組まれたり、そうしたテーマの本が出されたりということが目立ちました。僕自身も9月に京都で開催された、「ちいちゃんのかげおくり」の作者あまんきみこさんと、那須正幹さんをお迎えしてのフォーラムのコーディネーターを務めました。那須さんは「ズッコケ三人組」シリーズの作者として知られていますが、広島生まれで、3歳で被爆をしておられます。今年の原爆の日の前日、8月5日にNHKの午後のラジオ番組に出演され、当時の話や原爆を題材にした作品について語っておられたので、お聞きになった方もいらっしゃると思います。そうした児童文学者の戦争体験を集めた2冊の本が心に残りました。『わたしが子どものころ戦争があった―児童文学者が語る現代史―』(野上暁編、理論社)と『子どもたちへ、今こそ伝える戦争―子どもの本の作家たち19人の真実―』(講談社)です。『わたしが~』では、前記のあまんさん、那須さんに加え、神沢利子、森山京、三木卓、角野栄子、三田村信行、岩瀬成子の8人がそれぞれの体験を語っています。このうち岩瀬成子さんは戦後生まれですが、米軍基地のある岩国に生まれ、今もお住まいです。これまであまりこうした本に登場してこなかった森山京さんや角野栄子さんが含まれていることも印象的でした。

 『子どもたちへ~』のほうは、サブタイトルのように19人の書き手が登場しますが、長野ヒデ子、いわむらかずお、かこさとしといった絵本作家も多く含まれています。これまでもこの種の本は何冊かありましたが、戦後七十年経った今こそ語らねばという危機感を、この2冊から感じ取ることができました。

  


  

 さて、ここからはジャンル、グレード別に本を紹介していきます。まずは絵本から。

  

『たびするおやま』(ほんまわか・作、文研出版)

 ずっと町の人々を見守ってきた小さなおやま。ところが近頃はゴミを捨てに来たり、トンネルを掘ろうかという話も出たりする始末。ある夜立ち上がったおやまは、そのままずんずん歩きだします。「いるのが当たり前」な存在が、そうでなくなった時に起こるさまざまなドラマ。親しみやすい絵が子どもたちの心をとらえ、なんだか身に覚えのある物語として受けとめられるのではないでしょうか。(低学年向き、1300円+税)


『さけがよんひき』(最上一平・作、喜湯本のづみ・絵、すずき出版)

 一人暮らしのおばあさん。畑に植えたきゅうりやトマトがなくなります。たぬきたちのしわざかと思いますが、怒るどころか、自分の作った野菜を動物が食べてくれるのはうれしいのです。ある日の夕方、きゅうりやトマトをかっぱがもいでいくのを見つけてしまいました。それからは畑のきゅうりやトマトをなるべく残すようになったおばあさん。秋も深まったある日、家の前にさけが4ひきおいてありました。

 民話の世界を思わせるような設定の中で、おばあさんの寂しさ、あたたかさが胸に迫ります。(低学年向き、1300円+税)


『シルヴィーどうぶつえんへいく』(ジョン・バーニンガム作、谷川俊太郎・訳、BL出版)

 ある晩、寝室の壁にドアを見つけたシルヴィー。開けてみると、下へ降りる階段があり、通路の先にもう一つドアが。そのドアの向こうは、なんと動物園でした。その夜からシルヴィーは、動物たちを代わる代わる自分の部屋に連れてきます。小さい動物は一緒にベッドに、大きな動物はいすや床で。ところがある日、学校に行く時に寝室のドアを閉めるのを忘れると……。

 センダックの『かいじゅうたちのいるところ』を思い出させる設定で、日本の家屋でイメージするのにはやや無理がありますが、こんな自分だけの世界へのあこがれは万国共通でしょう。(低学年向き、1500円+税)


  


  

 次は、低学年から中学年向きの読み物です。

   

『たぬきがくるよ』(高科正信・作、寺門孝之・絵、BL出版)

 1年生のわかばをめぐる三つの話でできていて、どの話にも4年生のお兄ちゃんが登場します。表題作の「たぬきがくるよ」は、わかばの怖いものの話。わかばは「かちかちやま」の絵本を何度も読んでもらっているうち、背中に火をつけられて泥船ごと沈んでいくたぬきのことが頭から離れなくなり、「たぬき」と聞いただけで、怖い気持ちになってきます。それを知ったお兄ちゃんに「たぬきがくるよ」と脅かされるので、お兄ちゃんの怖いもので逆襲しようと考えるわかば。空想と現実がいりまじった独特な作品世界で、子どもの心情が描き出されています。(低・中学年向き、1200円+税)


『おばけ道、ただいま工事中!?』(草野あきこ・作、平澤朋子・絵、岩崎書店)

 夜中、翔太は見知らぬ女の子に起こされます。サトと名乗り、自分はおばけで、おばけ道が工事中の間、翔太の部屋に仮の道を通してほしいというのです。おばけ道というのは、死者がおばけ界に行くための道だといいます。無理矢理承知させられた翔太、次の深夜から、暗闇にヘッドライトが差し込んだようにおばけ道が現れ、いろんな人が通っていきます。ところが場所を提供しただけのはずの翔太が、おばけ界のあれこれに巻き込まれることに。

 意外性のある設定の中で、ごく普通の男の子の翔太が思いがけない活躍をするハートフルな物語です。(中・高学年向き、1200円+税)


  


  

 ここからは、高学年および中学生以上が対象の本です。

   

『べんり屋、寺岡の秋。』(中山聖子・作、文研出版)

 美舟の家は、母親を中心に便利屋を開業していて、売れない画家の父親やおばあちゃん、そして美舟も戦力としてあてにされています。少し前に開店したケーキ屋の理砂さんから、娘のすみれちゃんの保育園の運動会に家族として参加してほしいとの依頼。夫は亡くなっていて、理砂さんは一人で店を切り盛りしており、実家とも断絶状態にあるといいます。これを聞いたべんり屋寺岡の、〝おせっかいプロジェクト〟が発動します。5年生の美舟の目が捉えた、大人たちの人間模様にリアリティを感じました。『べんり屋、寺岡の夏。』の続編で、『冬』『春』も続刊予定。(高学年向き、1300円+税)


『岬のマヨイガ』(柏葉幸子・作、さいとうゆきこ・絵、講談社)

 地震と津波で大きな被害を受けた東北の海沿いの町、狐崎。この町の介護施設に、山を隔てた遠野から入所するためにやってきたキワおばあちゃん。一方、両親が交通事故で亡くなり、会ったこともないおじさんに引き取られるために、狐崎にやってきた萌花。駅のプラットホームに上ってかろうじて津波から逃れた萌花を守ってくれたのは、同じ列車に乗り合わせたゆりえでした。ゆりえは、夫の暴力から逃れるために、あてもなく東北までやってきたのでした。この3人が避難所で一緒になり、キワおばあちゃんは、なぜかゆりえと萌花のことを、自分を訪ねてきた嫁と孫だといいます。結局この3人は家族として扱われ、やがて古い民家を借りて一緒に暮らすようになります。ちょっと正体不明なところのあるおばあちゃんですが、とても頼りがいがあり、昔話も聞かせてくれます。最初に語ってくれたのは、山奥で迷い人を助けてくれるというマヨイガの話でした。

 この物語の設定は著者の短編「ブレーメンバス」を思い出させます。ファンタジーを書き続けてきた岩手県在住の著者が、日本の伝承の世界と重ねながら、震災で苦しむ人たちの心のありようにあたたかく迫ります。(高学年・中学生以上向き、1500円+税)


『浮き橋のそばのタンムー』(彭学軍・作、渡辺仙州・訳、中山成子・絵、ポプラ社)

 タンムーは、中国南部の町に住む10歳の少年。その名前は「トム」の中国語読みで、母親が妊娠中にイギリスのファンタジー『トムは真夜中の庭で』を読んだからでした。その母は新聞記者で、タンムーが家で一人になる時は門に鍵をかけていきます。父親が弁護士で誰かの恨みをかっているかもしれず、危ないというのです。ある日、窓から脱出したタンムーは、どこかの家で「夏休みまでにタンムーを殺せ」と命じているのを聞いてしまいます。あと3週間でした。恐い一方、どうせ殺されるならと、それまでできなかったチャレンジも始まります。

 中国の現代児童文学作品の翻訳は珍しいのですが、ミステリー仕立ての展開の中で、タンムーのクラスメイトやタンムーが知り合いになる船上生活の子どもたちの日常が、生き生きと描き出されています。(高学年向き、1400円+税)


『アーチー・グリーンと魔法図書館の謎』(D・D・エヴェレスト作、こだまともこ訳、あすなろ書房)

 イギリスの小さな町で祖母と暮らすアーチーの12歳の誕生日に、小包が届きます。これを届けたのはイングランド最古の法律事務所の職員で、なんと400年も前に預けられたものでした。中味は古めかしい1冊の本。これには指示書がついていて、この本をオックスフォードの古書店に届けなければならないというのです。戸惑うアーチーに、おばあちゃんはすぐにオックスフォードに向かうこと、そしてオックスフォードに住むロレッタおばさんの一家を訪ねるように命じます。アーチーには、それまで聞いたこともないおばさんの名でした。実は、アーチーの家系は、古代からの魔法の悪用を防ぐための魔法図書館の〈炎の守人〉の一族だったのです。

 いささか安易な説明になりますが、エンデの『果てしない物語』と『ハリー・ポッター』のテイストを組み合わせたような、ファンタジーの魅力満載の物語。続編は執筆中ということで何冊になるかわかりませんが、楽しみなシリーズの発刊です。(高学年・中学生以上向き、2000円+税)

ベルマーク商品

はじめてのクルマの保険

ベルマーク検収

今週の作業日:4/22~4/26
2/16までの受付分を作業中