2024年7月号 読んでみたい本
(2024/07/10)印刷する
児童文学評論家 藤田のぼる
絵本

『あなたにぴったりのふくつくります』(小渕もも 作・絵、岩崎書店)
森の中で小さな洋服屋さんを開いていることこさんの店には、いろんなお客さんがやってきます。着替えがまだ上手にできない子どもの服を作ってほしいというぶたのお母さん、発表会のためのおそろいの服を作ってというきつねの双子、プレゼントしてもらった帽子に合った服がほしいというやぎさん。それぞれのお客さんにぴったりの布地やデザインを考えることこさんと一緒に、読者もすてきな洋服を作っているような気持ちにさせてくれる絵本です。(低学年から、1400円+税)

『たった2°Cで……』(キム・ファン 文、チョン・ジンギョン 絵、童心社)
サブタイトルは「地球の気温上昇がもたらす環境災害」で、これで内容は見当がつきますが、とにかくわかりやすい。人間の体温から話が始まりますが、確かに2度上がったら大変です。一方、体温を調整できない魚たちは、自分に合った温度の海で生きています。海水の温度が2度上がったら、人間が感じる20度くらいの違いになり、魚たちは適温の海水を求めて大移動をしなければなりません。海の生き物たちはもちろん、陸上の動物や植物たちにも致命的な「2度」の温度上昇。今、そこまで達してしまうかどうかの瀬戸際であることも説得力を持って語られます。
何となくわかったつもりでいる温暖化について、子どもたちと考えあうテキストとして最適です。(中学年以上向き、1800円+税)
低・中学年向け

『となりのじいちゃんかんさつにっき』(ななもりさちこ・作、たまゑ・絵、理論社)
夏休みの観察日記をつけるため、鉢植えの朝顔を持って帰ったようた。ところが何日か水をやるのを忘れて、枯らしてしまいます。いったんは「かんさつにっきは、おわりです」と書いたようたでしたが、隣の一人暮らしのおじいさんの家の庭に朝顔が生えているのを見つけ、これを観察することにします。朝顔の観察のつもりが、段々おじいさんの観察みたいになっていきますが、ある日家の中で倒れているおじいさんを見つけ、母さんに救急車を呼んでもらいます。これがきっかけでおじいさんと仲良くなり、朝顔の観察も堂々とできるようになりました。
ちょっと怪しいところがあるおじいさんのキャラクターが魅力的で、こんなおじいさんがいたら、確かに観察したくなりそうです。

『たとえリセットされても』(森川茂美・作、双森文・絵、文研出版)
愛が4年生になって転校してきたクラスで、柚果ちゃんという友だちができます。その柚果ちゃんが家に遊びに来ると聞いて、とても喜びながらも、心配そうなお母さん。二つケーキを用意してくれましたが、愛には(いつものように)「食べてはいけない」と言って仕事に出かけます。それでも柚果に勧められてケーキを口にした愛。とたんに、意識を失います。
実は、愛は「医療用ロボット」で、精神的に不安定なお母さんのために、医師によって「処方」されたのでした。ロボットの転校生という話はこれまでにもありましたが、この設定がストーリーの隅々にまで生かされていて、さまざまな問題提起を含む物語になっています。(中学年以上向き、1400円+税)
高学年・中学生以上向き

『いいわけはつづくよどこまでも』(岡田淳・作、田中六大・絵、偕成社)
『放課後の時間割』『二分間の冒険』など、学校が舞台のファンタジーでおなじみの岡田淳の、これは「おじいちゃんの関西弁ほら話」とでもいうべきシリーズの新作。このタイトルだけでも子どもたちには結構受けるでしょうが、おじいちゃんと孫の掛け合いで進められる6編からなる短編集です。第一話の「おじいちゃんのくしゃみ」は、花見の時に、あまりに激しいくしゃみのせいで、公園の桜を全部散らしてしまい、“島流し”にあったというおじいちゃん。丸木舟に乗って帰ってきたのですが、“動力”はもちろんくしゃみ。シリーズ4作目ですが、落ちのつけ方などますます堂に入ってきて、教室などで1作ずつ読んであげたら、受けることまちがいなしです。4年生でも大丈夫と思いますが、笑いのひねり具合は、やはり高学年か。(高学年以上向き、1200円+税)

『海のなかの観覧車』(菅野雪虫・作、講談社)
夏休みを前にしたある日、中学3年の透馬宛に1通の手紙が届きます。「誕生日おめでとう。あれから十年たったね」で始まる短いメッセージと共に入っていたのは、黒い砂の入った小さなビニール袋。この日は透馬の15歳の誕生日で、5歳までは燃料会社の社長の父親と一緒の生活でした。3歳からの誕生日の記憶はしっかりあるのに、なぜか5歳の誕生日の記憶だけが抜け落ちています。そして終業式の後、透馬は毎年この時期に受ける検査のために病院に行きますが、「もう大丈夫です」という医師の言葉を聞いた母親は、安心したように泣き崩れます。
いったい10年前に自分の身に何があったのか。手掛かりは、5歳の夏に、海辺の遊園地に見知らぬ男の人に連れられて行き、同じ年頃の双子と楽しく遊んだ記憶でした。手紙の消印にあった地名から検索してたどり着いたのは、10年前に天然ガスを採掘していた島で起こった爆発事故。その事故を起こしたのは、透馬の父親の会社……というふうに、カードが1枚ずつめくられるように、謎が明らかにされています。
福島県相馬市出身の作者は、東日本大震災の原発事故をめぐるドラマを重ねてもいるようですが、冒頭には15歳での死を宣告されたグリム童話の「眠り姫」が引用されるなど、物語には二重、三重の仕掛けが施されています。読者によって様々な読み方のできる、魅力に富んだ一冊になっています。(中学生以上向き、1700円+税)
今月のもう一冊
今期から、この「読んでみたい本」が、これまでの隔月から、7月(夏休み前)、2月(春休み前)の年2回掲載になりました。それを機に、「今月のもう一冊」というコーナーを、新聞とは別に作ってもらうことにしました。
「スペースの関係で、新聞の紙面に入れられなかった」という場合はもちろん、新刊というにはちょっと時間が経ってしまったけれど紹介したい、とか、かなり前の作品だけど新装版が出た、とか、他にも、シリーズで刊行が続いているものなど、さまざまな「プラス1」をお届けしたいと思います。

その一回目は、柏葉幸子さんの『竜が呼んだ娘』(講談社)です。今年の1月に第1巻が刊行され、続いて3月に第2巻、5月に3巻目が出て、まだ「つづく」になっています。柏葉さんは、現実世界の中に不思議な人がいたり、不思議なことが起こったりという“エブリデイ・マジック”の手法の作品が多いのですが、これはバリバリ?の異世界ファンタジー。少女ミアが生まれ育った村は谷底にあり、他の地とは隔絶されています。それもそのはず、そこは「罪人の村」なのです。そして、ここから抜けだす唯一の途が、十歳になった時に、東の洞穴の竜に迎えに来てもらうことで、十歳の春を迎えた子たちは、自分が竜に呼ばれるのかどうか、落ち着かない日々を過ごします。発育も遅かったミアは、はなからあきらめていましたが、そのミアが竜に呼ばれたのでした。
ということで、ここからミアの大冒険が始まります。竜、魔女、ミアが連れていかれる王宮をめぐる謎と、ファンタジー好きにはたまらない要素が満載で、第一巻に入っていた編集部からのメッセージには、「現時点で五巻まで続刊の刊行が決まっています」と書かれてありました。そろそろ第四巻も届くでしょうか。柏葉さんのデビュー作『霧のむこうのふしぎな町』は、「千と千尋の神隠し」の元になった作品ですが、そのデビューから50周年を飾る大型ファンタジーの誕生です。