2016年夏季号 読んでみたい本


(2016/07/14)印刷する

  

児童文学評論家 藤田のぼる

  

 本紙は年4回の発行ですから、この欄ではこの数ヵ月の間に出版された本を紹介しています。こんなふうにリアルタイムで子どもたちが創作児童文学を読めるようになったのは1960年代からのことで、それ以前は、いわゆる世界名作のダイジェストや伝記などが児童書の主流を占めていました。細かくいうと、1959年からを今に続く「現代児童文学」の時代と区分しているのですが、それはこの年2冊の画期的な作品が出たからです。たまたまどちらも小人のファンタジーなのですが、佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』といぬいとみこの『木かげの家の小人たち』です。特にコロボックルという小人たちが活躍する前者は、シリーズとなって親しまれました。さらに昨年そのシリーズを、ベストセラー作家の有川浩が引き継いで、『だれもが知ってる小さな国』を出したことも、話題となりました。その佐藤さとるの「自伝小説」と銘打たれた『コロボックルに出会うまで』(偕成社)が出版されました。『だれも知らない小さな国』から数えて五十七年、物語の元になった短編作品も引用されており、ある種の「創作講座物語」としても読め、また敗戦直後の社会状況の中で童話作家をめざした、青春の物語としても楽しめます。佐藤さとる作品の復刊なども相次いでおり、コロボックルシリーズに親しむ新たな読者も増えそうです。

  


  

 さて、ここからはジャンル、グレード別に本を紹介していきます。まずは絵本から。

  

『まりひめ』(岩崎京子・作、市居みか・絵、すずき出版)

 作者の岩崎京子さんは、教科書の「かさこじぞう」などでおなじみ。佐藤さとるさんなどと並んで、現代児童文学界の大ベテランです。まぼろしじょうの妹姫まりひめは、姉のゆりひめとは大違いで、朝寝坊に部屋は散らかし放題。時々お城を抜け出して、町に出かけます。ある時見かけた紙の蝶を飛ばす芸人の技に魅せられ、早速城でまねるのですが……。奔放でチャレンジャーなまりひめに、拍手を送る子どもたちも多いことでしょう。(低学年向き、1300円+税)


『ウミガメものがたり』(鈴木まもる作・絵、童心社)

 絵本を開くと、暗い海の絵。その下が三つのコマに区切られ、海の中から何かが浮かび上がってきます。そして右のページで、ウミガメが姿を現します。例えばそんなふうに、画面のレイアウトが次々に変わっていって、動画を見ているような気持ちになってきます。卵から孵った子ガメたちが海を目指して、様々な危険をかいくぐり、やがて生まれた海をめざす―、展開はとてもシンプルで、知っていたはずのことなのに、その一つひとつの場面が重みを持って迫ってきます。不思議な味わいの絵本でした。(低・中学年以上向き、1500円+税)


『むしこぶ みつけた』(新開孝・写真・文、ポプラ社)

 ここからは写真絵本を2冊。「むしこぶ」というものをご存じだったでしょうか。木の葉っぱなどに、果物の実のようにくっついた粒状の突起物。その中には幼虫が入っていて、植物の力に守られて、育っていくのです。そのしくみも不思議ですが、なんといってもむしこぶの色や形に目を奪われます。自然の神秘といった言葉が、素直に心に浮かびます。(低・中学年以上向き、1500円+税)


『ウズベキスタン シルクロードの少年 サブラト』(百々新・写真・文、偕成社)

 「世界のともだち」シリーズの第36巻。紹介のタイミングを狙っていましたが、これで完結。ウズベキスタンの古都サマルカンドに住むサブラト少年が「主人公」で、アジアとヨーロッパの交易の中継点だった土地柄が、彼の顔つきにも如実に表現されている感じです。加えて旧ソビエトの一角でイスラム世界という文化的背景が、社会のありように独特な影響を与えています。どの国がスタンダードということはなく、それぞれに特別ということを伝えてくれるこのシリーズ。学校図書館にぜひそろえてほしいところです。(中学年から、1800円+税)


 


 

 次は、低学年から中学年向きの読み物です。

 

『ツトムとでんしゃのカミサマ』(にしかわおさむ・文・絵、小峰書店)

 絵をかくのが大好きなツトムと、ツトムがいつも遊びに行く、お母さんの姉のおばさんとをめぐる6つのお話。表題作の「ツトムとでんしゃのカミサマ」は、動物園に行った帰りに、電車の中で眠ってしまった時の話。二人ともとても懐かしい人の夢を見たのですが、目が覚めた時、目の前にオカッパ頭の男の子が座っていて、自分は電車で眠っている人に懐かしい夢を見せる神様だというのです。神様に会えなかったおばさんにそれを教えてあげるツトム。どのお話にもゆったりとした時間が流れていて、読んであげたら、読む側も聞く側も笑顔になれそうです。(低学年向き、1200円+税)


『ヤマネコとウミネコ』(野中柊・作、姫野はやみ・絵、理論社)

 ヤマネコのヤンと妹のネネ、子どもの頃に一度だけ海に行ったことがあるという父親と共に、海に出かけます。海にはウミネコがいるというのです。海は想像以上にすてきな所で、ヤンたちは母親と赤ちゃんのココへのお土産に、真珠と貝殻、そして嵐で打ち上げられた船の船室の青いドアを持って帰ります。海を思い出しながら、そのドアを使って山の中で船を作ったヤンたち。なぜかそのドアは開かないのですが、やがてドアの向こうから、波の音がしてきます。挿絵がすばらしく、ヤマネコたちの未知へのあこがれが、本全体から伝わってきます。(中学年以上向き、1400円+税)


『菌ちゃん野菜をつくろうよ!』(あんずゆき・文、佼成出版社)

 まずは、本のタイトルに惹かれます。「菌ちゃん野菜」というのは、土の中にすむ菌(微生物)の働きを利用して作られた野菜のことですが、「大地といのちの会」を主宰する吉田俊道さんは、全国の幼稚園や小学校で、子どもたちが持ち寄った生ごみを使って土壌作りをし、おいしくて栄養たっぷりの野菜作りを、子どもたちに体験させています。長崎市の小学校に取材したノンフィクションですが、「となりのトトロ」でおばあさんが、さつきとめいに「ばあちゃんの作った野菜を食べたら、お母さんの病気もすぐなおっちゃうよ」という場面を思い出しました。(中・高学年向き、1300円+税)


 


 

 ここからは、高学年および中学生以上が対象の本です。

 

『「水辺の楽校」の所くん』(本田有明・著、PHP研究所)

 5年生の始業式の日、新也の隣りの席になったのは、体の大きな所君。4年の時に同じクラスだった子たちからは「でぶトトロ」などと呼ばれ、算数の時間にはよく居眠りもします。国語の授業の「一分間インタビュー」で「好きな遊びは?」と聞くと、「木登りと川流れ体験」だといいます。所君が休みの日に行くという「水辺の楽校」という環境保護グループの集まりに顔を出してみると、教室とは全然違う所君の姿がありました。実際に全国に三百近くあるという「水辺の楽校」を舞台に、ピアノのレッスンに忙しい新也と、マイペースの所君の友情が描かれます。(高学年向き、1300円+税)


『若冲 ぞうと出会った少年』(黒田志保子・著、井上朝美・画、国土社)

 京都の裕福な商家の長男に生まれながら、もっぱら絵にしか関心が向かない忠兵衛。その思いをさらに決定的にしたのは、中国からやってきた象が、京都御所に向かう姿を目にした十四歳の時の体験でした。父の急死で店を継ぐことになった忠兵衛ですが、絵に対する思いは捨てきれず、四十歳で弟に店を譲り、絵師として出発します。子ども読者にとって若冲ブームはいささか無縁かもしれませんが、忠兵衛少年の一途な思いは、伝わるものがあるのではないでしょうか。本書が一冊目という新人作家のみずみずしさも、若冲のひたむきさと重なります。(高学年・中学生以上向き、1300円+税)


『ハートソング』(ケビン・クロスリー=ホランド・文、ジェーン・レイ・絵、小島希里・訳、BL出版)

 副題は〈作曲家アントニオ・ヴィヴァルディとある少女の物語〉で、舞台は十八世紀のヴェネツィアにあったピエタ養育院。「四季」の作曲家として名高いビィヴァルディは神父であり、この孤児院兼音楽学校ともいうべきところで、音楽教師を務めていたのです。五年前に出版された大島真寿美の『ピエタ』でその存在を知った方もいらっしゃるかもしれませんが、本書の主人公は生後数ヵ月で孤児院に預けられ、口をきくことができない障害をもつ少女ラウラです。アントニオ神父に見いだされたラウラは、リコーダーを渡され、音楽隊の一員となります。そして、リコーダーは、ラウラの「ことば」ともなるのです。独特の色合いの絵が、物語の効果を高めています。(高学年・中学生以上向き、1600円+税)


『勇者はなぜ、逃げ切れなかったのか』(田所真・著、くもん出版)

 こちらの副題は〈歴史から考えよう「災害を生きぬく未来」〉。災害考古学とでもいうのでしょうか、過去の大地震や噴火などの災害を、考古学的に検証しているノンフィクションです。第1章「貝塚から学ぶ〝掟〟」では、東日本大震災の時に、宮城県や岩手県の貝塚遺跡が、ほとんど津波の被害を受けなかった事実が紹介されます。つまり、縄文の人たちは、大津波の被害を語り伝えて、高台に住むことを〝掟〟としていたのでは、というのです。また、第2章では、本のタイトルともなっている鉄製のよろいをつけた「勇者」が、群馬県の榛名山の、約千五百年前の大爆発で火山灰に埋もれて死んでいる、その謎に迫っています。この二つを含め、六つのケースが検証されていて、その謎解きは、ちょっとミステリーの味わいです。わたしたちの祖先が、この日本列島で、どのように自然災害と向き合ってきたのか、改めて目を開かされる思いでした(高学年・中学生以上向き、1400円+税)

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