2015年新年号


(2015/01/16)印刷する

  

児童文学評論家 藤田のぼる

  

 今回まず紹介したいのは、本欄を昨年まで担当されていた鈴木喜代春先生が出された『女性小学校長 関よねものがたり』(らくだ出版)です。これが先生の200冊目の著書ということで、教員を務められながら、これだけの執筆を続けられてきたエネルギーには脱帽ですが、この本も〝喜代春節〟満載です。関よねは、戦後間もない昭和23年に、千葉県松戸市の矢切小学校の校長となった、女性校長のパイオニアともいうべき人。この関よねの半生を追ったノンフィクションです。

 戦争で隣の東京が大きな被害を受けたこともあり、関が校長となった時代、児童数は増える一方でした。そうした中で市や地主と交渉して校舎を増築していくことは容易ではありませんでしたが、関は「女に校長が務まるのか」という偏見と闘いながら、成果をあげていきます。今では女性校長は当たり前ですが、少し前の時代にこうした格闘があったことを、著者は熱を込めて語っています。子どもにも、先生方にも読んでほしい一冊です。

  


  

 ここからはジャンル、グレード別に、作品を紹介していきますが、まずは、正月を題材にした絵本を2冊。

  

『おみくじ』(きたあいり・作、BL出版)
 正月ばかりは、おみくじの運勢占いに一喜一憂するわたしたちですが、この絵本の〈舞台〉は、おみくじ箱の中。そこでは、吉や凶のおみくじ棒たちが出番を待っていますが、いばっているのは、やはり大吉。おみくじたちの〈世界〉をユーモラスに描いたこの絵本、これからおみくじを引く時に思い出すに違いありません。(低学年以上向き、1300円+税)


『おばあちゃんのななくさがゆ』(野村たかあき・作、佼成出版社)
 今、1月7日に七草がゆを食べる家庭というのは、どのくらいあるのでしょうか。こうした風習としては比較的残っている方にも思われます。きりとこうたの姉弟が、おばあちゃんと七草を採りに出かけるところから始まりますが、版画の絵が内容とマッチしていて、なにより七草がゆがとてもおいしそうに見えてくる絵本です。(低・中学年向き、1300円+税)


  

 次も絵本ですが、対象年齢は上がります。

  

『希望の牧場』(森絵都・作、吉田尚令・絵、岩崎書店)
 東日本大震災の原発事故により、「立ち入り禁止区域」となった地区。ここには、肉牛を中心にした牧場がいくつもありました。これらの牛は殺処分となりましたが、そうした中で、今も飼育を続ける牧場があります。元からいる牛に加えて、引き取ったり迷い込んできたりして、その数360頭。いくら飼育してもお金にはなりませんが、ここを人々は「希望の牧場」と呼びます。なぜ牛を買い続けるのか、希望とは何か、シンプルで重い問いが、力強いタッチの画面全体から訴えかけてきます。(高学年以上向き、1500円+税)

  


  

 ここからは、低、中学年向きの読み物です。まずは「宿題」にまつわる2冊。

  

『おまかせ!しゅくだいハンター』(山野辺一記作、常永美弥・絵、金の星社)
 帰り際、先生から「夜おそくまで宿題をやっていると、宿題ハンターが現れるぞ」と言われたけんたろう。夜、「宿題ひきうけます」と書かれたチラシを見つけます。けんたろうの電話で、本当にやってきた宿題ハンターは……。予想通りというか、結末は「おまかせ」とはならないのですが、ストーリーの途中で子どもたちに先の展開を想像させたら、おもしろい反応が引き出せそうと思いました。(低・中学年向き、1100円+税)


『先生、しゅくだいわすれました』(山本悦子・作、佐藤真紀子・絵、童心社)
 4年生の朝の教室。点検係に言われて宿題を忘れたことに気づいたゆうすけ。先生に、宿題をやってこなかった理由を聞かれても、言い訳はしどろもどろです。どうせなら、聞いた人が楽しくなるような言い訳でなくちゃ、と言われたゆうすけは、次の日も宿題を忘れてきて、「夜突然やってきた宇宙人に、一晩中勉強を教えてた」話をします。次の朝、宿題を忘れたことのない点検係のりなが「宿題忘れました」と手を挙げ、「ランドセルに入っていた野ねずみの赤ちゃんを送って行って、一晩中ねずみたちに歓迎された」話を始めます。それからも宿題を忘れたい人が続出、ついに宿題を忘れる当番を決めることに。一種の枠物語の構造になっていて、ラストも秀逸です。(中・高学年向き、1100円+税)


  

 次の2冊では、ユニークなおばあちゃんが活躍します。

  

『かぐやのかご』(塩野米松・作、はまのゆか・絵、佼成出版社)
 学校からの帰り、林の中の道を大きな泣き声をあげながら歩く清香(さやか)。転校してきてまもない清香ですが、男の子たちから身に覚えのない〈おなら〉の犯人にされたのです。突然茂みの中からおばあさんが現れ、「これもってけれ」と、細い竹の束が手渡されます。そして、そのあたりに腰をおろすと、竹を割いて編み始めたのです。初めて見る竹細工の技に、清香はすっかり心を奪われます。その時、清香をおならの犯人にした男の子たちがやってきます。何もかもお見通しのような、おばあさんの男の子たちへの対処。そして、心の中の悩みを語り出した清香への言葉。
 おばあさんの存在感とさりげない説得力に思わず拍手を送りたくなりました。(中学年以上向き、1300円+税)


『おばあちゃんとわたしのふしぎな冬』(杉みき子・作、村山陽・絵、新潟日報事業社)
 作者の杉みき子さんは国語教科書掲載の「わらぐつの中の神様」など、短編の名手として定評があります。本書には「おばあちゃんのポスト」「おばあちゃんのケンカ友だち」そして5話の連作から成る表題作「おばあちゃんとわたしのふしぎな冬」の3作品が収録されています。どれも孫娘の視点から、一筋縄ではいかないおばあちゃんの言動が軽妙に描かれます。二つめ「ケンカ友だち」というのは、カラスのこと。毎日のように庭にやってくるハシボソガラスを気にいっていて、走る車の前を横切るカラスに向かって、「あぶないじゃないの!」と、本気で怒ったりします。連作の「ふしぎな冬」にはファンタジーの味付けも加味されていて、改めて杉みき子ワールドの魅力を感じ取りました。(中学年以上向き、1000円+税)

  


  

 ここからは、高学年および中学生以上が対象の本です。

  

『歴史探偵アン&リック里見家の宝をさがせ!』(小森香折・作、染谷みのる・絵、偕成社)
 ファッション好きの少女・杏珠は、母が大おばの古い屋敷を相続することになり、移ってきます。この波左間家には、「菊を植えるべからず」「日光に行くべからず」「家宝を売るべからず」の家訓がありました。杏珠の新しいクラスメイトで歴史好きの少女・陸によれば、この家は徳川家康に滅ぼされた里見家に縁があるというのです。問題は三つめの「家宝」が何なのか、誰も知らないことでした。
 歴史を素材にした子ども向けのミステリーは今までもありましたが、これは結構本格的。対照的なアンとリックのキャラクターの魅力も楽しめます。(高学年以上向き、900円+税)


『声の出ないぼくとマリさんの一週間』(松本聰美・作、渡邊智子・絵、汐文社)
 母親と2人暮らしの真一は、5年生になってから、学校に行けず、言葉を発することもできなくなっています。そんな真一が、母のアメリカ出張の1週間、母の幼なじみのマリさんに預けられることになります。駅に迎えに来たマリさんは大柄で派手な服。その様子から、マリさんが本当は男の人らしいことに気づきます。マリさんの住まいは古いアパートで、洗面所も共用、真一には戸惑うことばかりです。朝は風呂屋の掃除のアルバイト、夜はスナック勤めのマリさんの大変さを目の前にして、せめて昼食を作ってあげたいと思う真一。少しずつ、マリさんの化粧や部屋の狭さが気にならなくなっていきます。他者との関係性にがんじがらめになっていた真一が、マリさんとの出会いを通じて変わっていく姿が、胸に響いてきます。(高学年以上向き、1400円+税)


『文学少年と運命の書』(渡辺仙州・作、ポプラ社)
 舞台は中国、明代。主人公は、商人の息子で四書五経はもとより講談本や民間伝承にも遍く通じた本の虫にして、年齢はまだ14歳という少年・呉承恩。呉承恩といえば、「西遊記」の作者として知られますが、この物語は彼の少年時代の冒険を描く、という設定になっています。父に随行した旅先で出会った童女、承恩たちの本や帳簿をむしゃむしゃと食べてしまいます。しかも、食べた本や帳簿の中味は諳んじられるというのです。実はこの童女の正体は、霊山である泰山に納められた「玉策」(人の生死を記した禄命簿)なのでした。これまでこうした「中国古典ファンタジー」といった作品がなかったわけではないと思いますが、ここまで本格的な道具立てとおもしろさを備えた作品は、初めて読んだ気がします。特に中国古典に詳しくなくても、充分楽しめます。(中学生以上向き、1400円+税)


『幻の「長くつ下のピッピ」』(高畑勲/宮崎駿/小田部羊一・著、岩波書店)
 最後に紹介するのは、ある種のノンフィクションということになるのでしょうか。その後日本のアニメーションを飛躍させた高畑、宮崎、小田部のトリオが、20世紀を代表する児童文学者といわれるリンドグレーンの「長くつ下のピッピ」をアニメ化する企画があったというのです。1971年のことで、3人はそのために所属していた東映動画を離れます。しかし、結局原作者の許諾がとれず、幻に終わるのですが、その後の3人の仕事の原点ともいうべき企画だったといいます。本は、3人へのインタビューや、宮崎、小田部が描いた多数の絵コンテなどから成り、それを見ているだけでもワクワクしてきます。なにより、高畑勲や宮崎駿の児童文学への〈愛〉が感じられて、ジブリファンには必見の一冊といえるでしょう。(中学生以上向き、2100円+税)


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