輝きを積み重ねて未来へ/田園調布学園中・高等部で尾木直樹さんのオーサービジット
(2020/12/03)印刷する
「尾木ママ」こと教育評論家の尾木直樹さんが11月12日、東京都世田谷区の田園調布学園中等部・高等部(清水豊校長、生徒1223人)を訪れました。朝日新聞の企画「オーサービジット」のベルマーク版で特別な授業をするためです。応募したのは生徒の図書委員会(60人)。コロナ対策で密を避けるため、主会場の講堂以外に校内3カ所にライブ配信され、保護者もあわせて約600人が聴講しました。
講堂は600の固定席が前後左右1席空けた市松模様の配席となり、最前列には図書委員がパイプ椅子で間隔をあけて着席しました。尾木さんが話す演台にも飛沫拡散防止の透明なパネルが。「ここから離れる時はマスクを着けます。フェイスシールドは髪が乱れるから嫌なの」と語り始めた尾木さんは、最初に現在のコロナ禍について語ります。「教育にとっても危機的。でも絶望しないで」。過去の経験や歴史から学ぶことの大切さを話し、知見を広げるための本として、小松左京がパンデミックを描いた小説「復活の日」や、世界の識者へのインタビューを収めた文春新書「コロナ後の世界」などを紹介しました。また中止が相次ぐ学校行事についても、バーチャル修学旅行などの例を挙げ、「皆さんなら先生と協力して新しい形を生み出せる。ぜひ挑戦して」と語りました。
尾木さんはいつも事前に生徒にアンケートし、それをもとに話を進めます。そこには悩みや相談したいことを書ける項目もあり、今回は進路に関する記入が多く見られました。尾木さん自身は、中高生の頃は「先生になりたいとは全く思っていなかった」そうです。体罰を与えた先生の授業を一切受けなかったり、父の転勤で転校した先で進級が認められず同じ学年を2度繰り返したり。決して楽しい学校生活ではありませんでした。そんな尾木さんに教員の道を勧めたのは、母でした。「あなたは辛い思いをしたから、こぼれそうな立場の子どもに寄り添える、良い先生になれる」
また、テレビ番組に出た際、明石家さんまさんに「ママ」と呼ばれたのがきっかけで、女性的なイメージの「尾木ママ」として有名になったというエピソードを披露。「人生は偶然の重なりで、どう進むかは分からない」。その一方で「でも自分の本質的なところは変わっていません」と尾木さんは話します。
アンケートには「日本の教育を変えたい」「大学で夢を実現するための能力が足らず、まだ受験したくない」といった意見も書かれていました。尾木さんは、日本の受験が偏差値重視であることや、日本の大学入学時の年齢は実は他の先進国に比べて低いという現状を述べ、「皆さんの指摘は大人より鋭い」と称賛しました。また「文系と理系に有利不利はあるの?」という質問に対しては、海外の大学では理系学部でも文系科目や美術教育が重視されていることなどを紹介。「日本の教育が進んでいる訳ではない。世界に視野を広げて」と語りました。
話は人工知能(AI)にも及びました。近い未来、今ある仕事の半数近くがAIに置き替わるという予測があるそうで、尾木さんが会場で問うと、多くの生徒が「知っている」と手を挙げました。
尾木さんは、これからの時代の学力は、知能指数(IQ)ではなく、AIを使いこなせる人間性指数(HQ)を重視するようになる、と語りました。そんなAIの時代を生きていく上では、①新しい価値を創造する力②自然災害や政治的な対立などの危機・緊張をバランス良く調整する力③自分を客観視できる力、という3つの力が必要になると語り、ホワイトボードを使って丁寧に説明しました。
アンケートにはコロナ禍で生活がどう変化したかを問う項目もありました。そこでは「自分をしっかり見つめるようになった」と書いた人が多く、尾木さんは「自分を客観視することがきちんとできていますね」と評価。「コロナの今こそ、ピンチをチャンスに変えて」と力を込めました。
途中5分間の休憩を挟み、約1時間半。マスクを付けて演台を離れる時間も多く、エネルギッシュに語り続けた尾木さんは、最後に会場からの質問を受け付けました。「自分が今やりたいことを、どう将来に生かせばいいか」という問いに対し、自分の座右の銘だとして「今を輝く」という言葉を紹介しました。「出来ることを精一杯続ければ、輝きが積み重なり、未来へつながるように思います」。これで授業は終わり、会場は大きな拍手で湧き返りました。
図書委員に感想を聞きました。委員長の高等部2年、清水優里恵さんは「海外の教育をもっと調べようと意識が変わった。ベルマークを素敵な授業に使えて良かったです」。同校は生徒の評議委員会が中心になってベルマークを集めているそうです。応募色紙にイラストを描いた同、松本理子さんは「芸術系の大学を目指しているが、理系の方が就職に有利ではとも聞いていた。話を聞いて自分の道を貫く自信が持てました」と答えました。
二井依里奈・司書教諭は「コロナ禍という現時点での中高生の生き方に即した授業。本当に感謝しています」、清水校長は「授業での学びを生かし、生徒たちは恐れずに一歩を踏み出してほしい」と話しました。