高知市立大津小学校で津波の授業
(2014/11/06)印刷する
命を守る~積極的な防災教育
防災教育に積極的に取り組む高知市の大津小学校(西尾豊子校長、616人)で10月30日、ベルマーク教育応援事業・理科実験教室の「波のしくみと津波」が開かれました。5、6年生の児童たちは、東日本大震災で津波被害に遭った元教師夫妻の体験と津波のメカニズムについて真剣な表情で話を聞いていました。
講師は、宮城県内の高校で物理を教えていた元教頭の堀込智之さん、妻で元小学校教師の光子さんの2人。午前に5年生の101人、午後に6年生の106人が、体育館に入って授業を受けました。
まず、光子さんが2011年3月11日の東日本大震災当日の様子について、スクリーンに映し出された写真を使いながら語り始めました。同県石巻市内の海辺近くの自宅にいた光子さんは、激震の後、散乱した家財の片づけに追われていました。買い物先から堀込さんが、急いで戻ったときに「6メートルの津波が来ます」「避難してください」と消防車の放送が聞こえ、急いで車で避難しました。灰色の波しぶきの下に真っ黒な津波が田畑を次々と飲み込みながら迫ってきます。そのとき山のお寺の方に逃げる人の姿を見つけました。二人は、車を置き、その人たちの後を追って、裏山へと続く坂道をかけ上がりました。車はすぐに津波にのみ込まれてしまいました。
山にはまだ雪が残っていました。難を逃れた方の中には目の前で家族を亡くされた方もいました。運よくライターが1つあり、みんなで枯れ枝を集めて暖をとりました。冷え込みが強くなってくるとTシャツ1枚になって、お年寄りにコートを着せてくれる男の人がいました。かんきつ類のパールカンを一房ずつわけたりしながら、不気味な地響きと波の音が聞こえる不安な二晩を過ごし、水が引いた3日目の午後に救助隊が到着しました。
当時の様子を話した後、人には①すぐに避難する人②様子をみてからにしようと考える人③津波への警戒をすっかり忘れたり、または心配ないと自分に言い聞かせて逃げようとしない人、の3通りのパターンがあると説明しました。「地震の時は、私も3番目の『逃げようとしない人』になっていました。みなさんはどのタイプか、考えてみてください」と話しました。
次に堀込さんの実験です。縦40センチ、横1.8メートルと縦25センチ、横1メートルほどの二つの水槽を使って、波の起きる仕組みなどを紹介しました。平野を襲う津波の場合は浅瀬となる海岸線付近で水の速度が最も速くなること、リアス式海岸のV字谷の奥に波が集中し強い引き波が生じる事などを手作りの実験装置を動かしながら説明しました。また、震災時には津波が北上川を49キロもさかのぼり、河川の堤防を越えたり決壊させたりしながら、多くの犠牲者が出たことも伝えました。「地形によって津波は様々な形で被害を与えます。地域の地形のこともよく学び、安全な避難路や避難所について、家族やお友達と話すことが大切です」と語りかけました。
5年生の山口周平君は「高知にもきれいな砂浜や松林があるけれど、東日本大地震ではすべてがなくなったと聞いて、津波にはものすごい力があると思った」。西原結衣さんは「家と学校の間の避難場所を何カ所か考えます」。また、6年生の川村光来さんは「避難時の話を聞いて涙が出ました。災害に遭った時に人が考える3つのパターンのうち、私もすぐに避難を考える人になるように気をつけたい」と話していました。
大津小学校は、高知湾から北東へ数キロ。南北に河川が流れる平地で、校庭には、土佐日記で知られる紀貫之が、京に戻るときに船出をした記念碑が建てられています。学校は、命を守る防災教育に力を入れており、2カ月に1度は、近くの山や高層マンションなどへの避難訓練に取り組んでいます。また、11月30日には「大津子ども防災訓練」を開きます。総合学習の時間に6年生がまとめた防災についての知識コーナーを5年生以下の全児童が回って学ぶほか、防災給食の体験や専門家を招いた防災講演会も開かれる予定です。


