両国界隈を再度、歩いてみました


(2021/10/11)印刷する

 ベルマーク財団は今年6月に東京・両国に引っ越しました。江戸時代からの歴史と伝統のある街です。財団のあるJR線路の南側については以前ご紹介しましたが、今回は北側を少し散歩してみましょう。


 駅のメイン改札である西口を出て振り返ると、昭和4年竣工のレトロな駅舎が目に入ります。一部は飲食店や土産店の施設「江戸NOREN」に使われ、そこには原寸大の土俵が再現されています。

 両国駅はかつて房総方面への列車が発着し、広い貨物設備のあるターミナル駅でした。その敷地に今建っているのが国技館と江戸東京博物館。駅のホームからもよく見えます。

 両国はもともと相撲の聖地。相撲興行の中心・回向院があり、初代国技館もその境内に建てられました。戦後、GHQの接収で近くの蔵前への移転を余儀なくされましたが、駅跡地に1985年、新築の国技館が完成し〝両国帰還〟を果たします。緑の大屋根が特徴の建物は収容人数1万人超。ふだんは年6場所のうち3場所が開催されますが、コロナ禍のため今年5月までは6場所連続で国技館開催でした。他競技にも貸し出され、東京五輪ではボクシング会場になりました。


 国技館入り口脇には高さ16㍍の櫓太鼓があり、本場所中は朝昼夕3回、軽快なリズムの太鼓の音色が響きます。元々、櫓は木製でしたが今は鉄筋でエレベーター付き。でも最後は階段で機械室の上にのぼり、そこで太鼓を叩きます。

 江戸東京博物館は、国技館の東隣に1993年に開館しました。太い4本の足で支える〝屋根〟が実は建物本体で、下の広場からエスカレーターで入場します。江戸以降の街並みの変遷が再現された常設展示は一般600円です。

 国技館から北に歩くと、すぐ旧安田庭園に着きます。昔の大名屋敷で、心字池を巡る落ち着いた散策路が無料開放されています。日没から閉園(10~3月は午後6時)まではライトアップされます。庭園の隣接地には、かつて大正モダンの名建築で円形ドームが特徴の両国公会堂がありました。耐震工事の費用がかさむため2015年に残念ながら解体され、今ではそこに刀剣博物館が建っています。日本刀の保存・公開施設で、古今の名刀や刀剣関係の書物を集めています。入館料1000円。


 庭園から見えるNTTドコモ墨田ビルは楕円形の塔屋が特徴。その1階にNTTドコモ歴史展示スクエアがあります。入場無料。初期の重くて大きい携帯電話から最新のスマホまで時代順にモバイル機器が展示されています。

 このあたりの地名は横網町。横綱ではなくヨコアミです。相撲興行が始まるよりも昔、漁師が網を干していたことに由来する、とも言われています。


 その町名が付いた横網町公園は、大正12年の関東大震災で38000人以上の死者を出した被服廠跡です。陸軍の軍服を作る工場が移転した後の空き地に、地震におびえた人々が家財道具を持って避難。そこに火が移り、折からの強風で火災旋風も発生し大惨事になりました。震災後に建てられた東京都慰霊堂には、その後の空襲も含めて16万体以上の遺骨が納められています。公園内には震災や空襲の遺物を展示する東京都復興記念館もあります。

 さて、大江戸線の両国駅出口付近から東に伸びる道路は「北斎通り」と呼ばれています。浮世絵師の葛飾北斎は引っ越し魔でしたが、生涯の多くをこの周辺で過ごしました。出生地とされる札の立つ緑町公園わきには、すみだ北斎美術館があり、北斎の作品や錦絵と呼ばれる版画の工程が展示されています。実物大のマネキンを用いた製作風景の再現模型も。常設展400円、月曜休館。

 前回(ベルマーク新聞7月号)はこの地で育った芥川龍之介関係の記念碑や、回向院にある鼠小僧治郎吉の墓、忠臣蔵の討ち入り現場である旧吉良邸跡などをご紹介しました。そのほかにも、隅田川のテラスや両国橋、各所に点在する相撲部屋など、両国界隈は楽しい散策にぴったりのところです。コロナ禍への警戒が必要な日々はまだしばらく続きますが、アフターコロナの時代が訪れたら、財団見学のついでに、街歩きを楽しんでみてはいかがでしょうか。

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