まだまだ根強い「自由に選べる支援」への需要


(2016/10/18)印刷する

 宮城県気仙沼市はとりわけ津波の被害が大きく、約1万6千棟、9千5百世帯が被災し、1359人が犠牲になりました。今も盛んに工事が進み、、街の姿が日に日に変わっています。災害公営住宅も次々と完成し、道路も整備されているので、カーナビが役にたたないほどです。

 市立気仙沼小学校は、街の中心部にほど近い小高い丘の上にあります。高台なので、震災直後はたくさんの人が避難してきました。避難所の壁に子どもたちが手作りの「ファイト新聞」を張り出し、うつむきがちだった大人たちにも笑顔を取り戻させたことは当時、話題になりました。

 お隣の南気仙沼小学校と1年間の同居を経て2012年春に統合、震災前は両校合わせて700人近く、統合の時にも約500人だった児童数は現在281人にまで減りました。

 全国からの支援のおかげで、「今、足りないと感じているものはない」と小野寺正司校長は言います。では、今の課題は? と尋ねると「心のケア」という答えが返ってきました。

 「気丈な子どもたちが多いので学校では明るく騒いでいるけれど、一方で、ちょっとしたことで保健室に行く子が増えている。押し殺した不安がうまないようにすることが大切です」

みんなで描いたいっぱいのヒマワリ=気仙沼小提供

 そのために、外部のNPOやボランティアの協力も得て、様々な催しに取り組んでいます。音楽の演奏会を開いたり、スポーツ選手に子どもたちと楽しい時間を過ごしてもらったり、リオ五輪の前には人文字にチャレンジしました。夏休みには、絵画を通じた被災地支援を続けている神戸の「アトリエ太陽の子」のプロジェクトに参加して、一人一枚ずつ大きなヒマワリの絵を描きました。

 防災学習にも力を入れています。身近な防災マップ作りを経て、昨年は「防災クラブ」を新設しました。プールの水のろ過や、ビール缶を二つつないで「サバイバル飯」炊き、防災カルタづくりといった、楽しくて役に立つ活動を工夫しています。

 これからの被災地支援を考える上で貴重なヒントが多くありました。

 中心部から少し東に離れた高台にある市立鹿折中学校。校門をくぐって驚きました。かつては野球場が4面取れたという広い運動場の4分の3ほどに仮設住宅がびっしり建ち並んでいます。その数、実に120戸。その半分くらいで、まだ人が暮らしているそうです。生徒たちは、残った4分の1でテニスやサッカーなどのクラブ活動に励んでいました。ちょっと窮屈そうでした。

 震災時は近くのお年寄りの施設などからも多くの人が避難してきて、避難所で亡くなるお年寄りも少なくなかったそうです。生徒たちはそんな避難所の中でお湯沸しのボランティアなどに精を出しました。

 災害公営住宅はこの7月辺りから建ちはじめて、12月には全部が完成する予定だそうです。2キロ離れた場所に学校の仮設グラウンドも建設中です。生徒たちも、総合的学習で再開発の工事現場を見学したり、再開発計画にアイデアを出したりと、復興を自分の事として考える取り組みを重ねています。空き教室を利用して復興を巡る様々な資料を展示する「希望の部屋」もオープンしました。

 「ベルマーク財団のバス代支援は本当に役に立っています」。狭い空きスペースでクラブ活動を続ける生徒たちを見ながら、熊谷長悦校長はそう言ってくれました。

 スポーツが盛んな鹿折中。県大会などに進めば行政からバス代が出るものの、地区大会では保護者から集めることが多いそうです。公式試合だけではなく、離れた公設の野球場に練習に行ったり、被害が少なかった内陸部の学校に練習試合に行ったりもします。鉄道は使い勝手が良くないので、移動はどうしてもバスに頼ります。これも保護者の負担になります。一つのバスにいくつものクラブが乗って、会場をぐるぐる回ったり、学校からピストンしたり。できるだけお金がかからないように工夫はしていますが、昨年あたりからバス料金も少し上がってきています。

 「保護者の負担を少しでも減らすためにも、バス代支援はまだしばらく続けて欲しい」。熊谷校長の言葉には切実な響きが籠っていました。

                        ◇

 「かあどをつかって、たしざんのしきをつくってみましょう」。大型テレビの画面を先生が読み上げます。こどもたちは手元の数字カードを式の形に並べていきます。「答えは何ですか?」。ハイ!、ハイ!と元気に手が上がります。市立鹿折小の1年生の教室では、デジタル教科書が活躍していました。

デジタル教科書で楽しく勉強=鹿折小

 前述の2校と違って、低地にある市立鹿折小は津波で大きな被害と犠牲が出ました。150センチの高さまで水が押し寄せ、1階は水没、避難してきた人は2階と3階で暮らしました。震災前に350人ほどだった児童数は現在202人。いまも約15%の子どもたちが仮設住宅で暮らしています。遠くの仮設からバスで通う子もいます。

 震災後4代目となる西城敏幸校長は、「震災直後はとにかく子どもたちに学校に目を向けてもらうことに力を注いだんだと思います。学校に来てもらうだけで良し、とした」と当時の先生方の苦労に思いを馳せます。

 「それで、学びから遠ざかってしまった。そろそろ学力にシフトする必要を感じています」と言います。

 そんな思いから、ベルマーク財団の支援などを使って、算数、理科を中心にデジタル教科書をそろえました。「色々教材を吟味して、子どもたちが興味を持って授業に集中できるこれを選びました」と西城校長。

 「市の予算ではなかなか手が出ない教材なので、援助をもらって助かっています」。使い始めて、離席がなくなった、友だちや先生の話を聞けるようになった、などの効果も出ているそうです。学習に力を入れて子どもたちが自信をつけてくれることが、大きな願いです。

 水に浸かった部分が改修され、新しい木の匂いも清々しい鹿折小。デジタル教科書は揃いましたが、それを映す大型モニターとパソコンは各階に1セットずつです。学校が必要なモノを自由に選べる支援には、まだまだ根強い需要があるようです。

仮設住宅に占領されたグラウンド=鹿折中

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