最近の援助から


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下呂市の4小学校で一輪車講習会

 兵庫・有馬、群馬・草津と並んで日本三名泉に数えられる下呂温泉がある岐阜県下呂市の4つの小学校で8月21〜24日、一輪車講習会が開かれました。
  インストラクターは、神奈川県の伊勢原一輪車クラブに所属する境野智美さんと友香さん姉妹。20歳と19歳の若さですが、国際大会や全日本大会のペア演技部門で何度も優勝している実力者です。講習の前に高度なテクニックを駆使した模範演技を披露すると、子どもたちや先生から大きな歓声が上がりました。
  下呂市は04年3月に益田郡の5つの町村が合併して誕生しました。初日、2日目の総島小、中切小はアユ釣りで有名な馬瀬川沿いに細長く広がる旧馬瀬村、3日目の尾崎小は旧萩原町、最後の菅田小は旧金山町にあります。
《総島小=和田玲校長、31人》
 校舎とグラウンドの間に階段状の菜園があり、キュウリやトマト、トウモロコシなどが実っていました。悩みは、サルやイノシシに荒らされることだそうです。谷川の水を引いた 生けすでは、清流の魚であるアマゴを卵からかえして育てています。
  この日は、体育館で境野さん姉妹の模範演技を見た後、校庭に出ました。一輪車にある程度乗れる子は友香さん、まだ苦手な子は智美さんの指導で、それぞれ一ランクでも前進できるようにと、繰り返し練習しました。
  今年の猛暑は南飛騨の山あいの地でも容赦なく、休み時間にはみんなで木陰に避難、学校菜園で収穫したキュウリやトマトを食べて一息つきました。講習時間は2時間足らずでしたが、乗れなかった子が乗れるようになったり、グループ演技ができるようになったりと成果が目に見えて現れ、子どもたちは自信を深めていました。
《中切小=森田純子校長、57人》
 林業地らしく徹底して木にこだわって建てられた校舎は、しゃれた和風旅館かレストランの風情で、学校と思わずに通り過ぎてしまう人も多いそうです。 学校の自慢は全校児童が取り組む花壇づくり。中部6県の学校花壇コンクールで大賞や国土交通大臣賞、県知事賞などを連続して受賞しています。
  この日の講習会には、全校児童の半分の約30人が参加しました。会場は、これも木造りで、天井に張られた何本もの太い木のはりが重厚な雰囲気を漂わせる体育館です。初心者は智美さんの指導で体育館の舞台につかまりながら乗れるようになる練習をし、補助なしで乗れるようになった児童は、その場に止まったままでいられるアイドリングに挑戦しました。
  ある程度乗れる子は友香さんが指導しました。2人1組で手をつないでターンするトワールや、1人の周りをもう1人が回る人工衛星という技などを練習しました。また何人もが横に並んで向かい合い、前進して交差したり、横1列に並んで、真ん中の子を中心に扇を閉じるように半円を描いて進んで交差する団体演技に取り組んだりしました。
《尾崎小=古橋喜徳校長、136人》
  あいにくの雨で体育館を会場にした一輪車講習会は、児童数が多いことから対象を3、4年生に限定しました。毎年秋の運動会で一輪車リレーを披露している学年で 、計約40人が参加しました。習熟度別に、初心者を智美さん、熟練者を友香さんが指導しました。体育館の舞台につかまりながら乗れるようにしていた初心者の練習では、自らも一輪車に乗れる古橋校長が指導の手助けをしていました。
  講習会の後、子どもたちは「ターンができるようになりました」「補助なしで乗れるようになるのに、あと一息。もっと練習します」などと指導員の先生にお礼を言っていました。
  昨年5月、校区内の南飛騨健康増進センターで開かれた第57回全国植樹祭は、子どもたちに忘れられない思い出を残しました。天皇、皇后両陛下のお手植えの手助けなどをしたのです。メーン会場は「皇樹の杜(もり)」と名づけられました。豊かな自然が自慢です。
《菅田小=小椋壽巳校長、45人》
 菅田地区は旧飛騨国と美濃国の接点に位置しており、昭和初期までは製糸やお茶の産地として栄えました。明治時代には、ここから貴族院議員も出ていたそうで す。
  学校と地域の結びつきも強く、同小では子どもたちの地域を愛する心を育てようと、昔ながらの製茶法や料理、遊びなどを地域のお年寄りに教えてもらっています。PTAのお父さんやお母さんも学校の諸行事に協力的で、約35人の児童が参加した一輪車講習会にも約10人が出席、一緒に初心者を指導するなどしていました。
  夏空が戻ったこの日の講習会場は校庭で、初心者クラスは鉄棒やジャングルジム、平行棒などを使って一人で乗れるようになる練習を繰り返し、アイドリングができる子どもたちは友香さんの指導で団体演技に取り組みました。子どもたちは目に見えて実力がアップ。子どもたちは、前よりずっと一輪車が好きになったようでした。最後に全員で記念写真を撮り、指導員の先生と別れを惜しんでいました。
(2007/8/31-2)


能登半島地震被災校に援助
輪島市・穴水町の5校に130万円相当

 3月25日の能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市と穴水町の計5校の小中学校に、ベルマーク教育助成財団が計130万円相当の教育備品を贈りました。8月29日に財団の森精一郎常務理事・事務局長が両市町教育委員会を訪れ、 それぞれの教育長に目録を手渡しました。
  輪島市では、市内にある小学校11校、中学校6校の中で、とくに被害が大きかった三井小、大屋小、町野中の3校にテントやパソコン、折りたたみテーブル、ワイヤレスアンプ、ウオータークーラーなど計100万円相当が贈られました。
  贈呈式には大岩主税教育長、村元悟教育部次長兼学校教育課長らが出席。市内の学校の被害状況などを説明しました。各学校の校舎本体に大きな被害はなかったものの、教室の仕切りが倒れたり、給排水管が壊れてトイレが使えなくなったりして、7校で入学式を延期せざるをえなかったそうです。今回のような全国からの援助は「本当にありがたい」と大岩教育長は感謝していました。
  一方、穴水町では穴水小と穴水中に教育用MD・CDラジカセや黒板ふきクリーナーなど計30万円相当が贈られました。穴水小は前年に耐震工事を実施したばかりで本校舎の被害は軽かったのですが、体育館や渡り廊下の打撃が大きく、 体育館は結局、建て替えることになったそうです。
  目録の贈呈には、今町貞夫教育長と岩野博教委事務局長が立ち会いました。同町は平成の大合併に加わらず単独町制の道を歩んでいますが、小中学校の統廃合が急速に進んでおり、地震の日は穴水中に統合することになった向洋中の廃校式当日でした。今町教育長によると、来年春には町内の5小学校が2校になる計画もあるそうです。
  地震から5カ月たちますが、能登半島に足を踏み入れると、いろいろな場所に「がんばっています能登半島」とか「元気です!輪島」「がんばる穴水」といったスローガンが掲げられていて、復興への強い思いをうかがうことができます。今回の援助は、全国2万8000校の子どもたちやPTAからの贈り物。善意の思いが、一丸となって復興に取り組んでいる能登のみなさんの心に届けられました。
(2007/8/31-1)


本州最北端の地で「走り方」

 本州最北端の町、青森県大間町の奥戸(おこっぺ)中学校(久保顯校長、41人)で7月27日、今年度最初の「ベルマーク走り方教室」が開かれました。津軽海峡にマサカリの様に突き出た下北半島の、刃の先端にあたるところが大間町。マグロの一本釣りで知られた町です。沿岸の道から山手へ少し上がると、三角屋根の時計台と丸い校舎が目を引く学校が建っていました。
 「走り方教室」は陸上競技の現役選手や選手経験者が直接生徒たちを指導する、ベルマーク運動のソフト援助のひとつです。 今回の講師は、箱根駅伝で2年連続区間賞をとり、ソウルオリンピックにも出場した戦歴を持つエスビー食品の遠藤司さんと、全国高校女子駅伝や全日本大学女子駅伝などで優勝経験があるNPO法人ニッポンランナーズの小晶子さん。夏休み中ということもあって、参加したのは陸上部員を中心に生徒15人でした。
 開催に際して遠藤さんが、校舎の窓に「勝利への道」と掲げられているのを見て、勝利につながる強い心をつくるためにはどうしたらよいかを自らの体験を踏まえながら話すと、 普段見慣れた文字が具体的な話になって、生徒たちは真剣な眼差しで聞いていました。
  実技指導は松並木越しに津軽海峡を垣間見る広々としたグラウンドで行われました。小さんの指導で柔軟体操やストレッチで体をほぐした後、腰の位置や背筋の伸ばし方、腕の振り方など、走るための基本動作を学んだり、ラダー(縄ばしご)を使ってリズミカルな動きを練習しました。東北地方の太平洋側に冷害をもたらすこともある“やませ”はすでに去って、この日は夏の強い日差しでしたが、空気はさわやかで、時折傍らの林からウグイスの鳴き声が心地よく聞こえていました。
 ハードルを使って走行フォームを身につける練習ではみんな一段と力が入り、友達とアドバイスし合っていました。最後に、200bのトラックで全力走とジョギングを組み合わせた変化走をし終えると、みんな満足そうな顔。「思いっきり走って気持ちよかった」「腕の振りかたを意識して走ることができました」「駅伝では教えてもらったように体力を使いきって走ろうと思います」などと話していました。
  蛯子保男大間町教育長は「町としても指導者を招き、町民の皆さんに音楽やスポーツを楽しんでもらう機会をつくりたいと思っていました。この度はよい機会をありがとうございます」と喜んでいました。「9月の県民駅伝大会では最下位を脱出し、近隣の村と合同で行う“はまなす駅伝大会”では連覇を狙いますよ」と、中村聡教頭は笑顔で話していました。
(2007/8/27-3)


「習った技を運動会で見せたい」
高知の4小学校で一輪車講習会

 夏休み恒例の一輪車講習会が、8月6日から9日まで高知県の4小学校で開かれました。30度を超える暑さのなか、子どもたちは汗びっしょりになって、日本一輪車協会のインストラクター小山美由紀、永渕歩美さんの指導で練習に励み、「秋の運動会で習った技を発表したい」「夏休みの思い出ができた」と、目を輝かせていました。

《宿毛市立栄喜小学校=有田洋子校長、13人》
 宿毛市は豊後水道に面し、大分県佐伯市と3時間で結ぶフェリー航路があり、高知県の西の玄関口にあたります。 11月から2月ごろまで宿毛湾に沈む太陽が光の屈折のかげんで、だるまが海面に浮かんでいるように見える「だるま夕日」が有名です。
  講習会のあった6日は広島「原爆の日」。午前8時からの平和祈念式典に併せた平和授業終了後に講習会を開き、全校児童13人が参加しました。指導は一輪車の基本から。車輪とサドルには前後があることや高さの正しい調節法などを教わったあと、乗れる子と乗れない子に分かれて練習開始。一輪車を始めたばかりの1年生は、演壇の縁につかまって、そろそろ進みます。小山さんが「前を見て、背筋を伸ばしましょう」「怖くないよ。さあ拍手して」と励ますうちに、何人かは、ほんの数秒ですが手を放して乗れるようになりました。九谷英治君もその一人。「うれしい。これからも練習します」と、笑顔で話しました。

《三原村立三原小学校=大塚昭校長、74人》
  三原村は宿毛、四万十、土佐清水市に囲まれた台地にある山村。お米やイチゴ、路地野菜の産地で知られ、 三原小学校の周りも田畑が広がり、緑がいっぱい。
  講習会には約50人が集まり、児童代表の6年生、長谷侑和君が「一輪車の素晴らしい技を見せてもらえるのを楽しみにしていました」と歓迎のあいさつをしてくれました。乗れない子の指導では、大塚校長も飛び入り参加。小山さんと2人がかりで、手取り足取りして「大丈夫、大丈夫。もう少しで乗れる」と、励ましていました。「あまり乗れない」と話していた4年生の中内麻衣花さんは「きょういっぱい練習したので自信がついた」と、にっこり。

《津野町立郷小学校=久寿久美子校長、19人》
  郷小学校のある津野町は、2005年に葉山村と東津野村が合併して生まれました。四国カルストのふもとに位置し、日本最後の清流といわれる四万十川の源流が湧き出しています。 学校近くにはミネラルウォーター工場があり、パートで働いている児童のお母さんもいるそうです。
  永渕さんの模範演技に子どもたちが見とれていると、小山さんが「お姉さんは拍手が大好きなの。拍手すると、もっとすごい技が見られるよ」。子どもたちの拍手と歓声にこたえて、両足タイヤ乗りや連続スピンなど見事な技が次々と続きました。
  久寿校長は「昨年は、へき地援助でカラーコピー機などをいただき、今年は一輪車講習会という素晴らしい機会を与えてもらい感謝しています。子どもたちにとっては、一輪車の習熟だけでなく、夏休みの素晴らしい思い出づくりにもなったことでしょう」と話しました。

《土佐町立相川小学校=吉田好子校長、26人》
  土佐町には「四国の水がめ」の早明浦ダムがあり、渇水時には干上がったダムの様子がニュースで取り上げられることが多く、全国的にも有名です。 今年の夏は台風4、5号に伴う大雨でダムは満杯でした。ダムから5キロほどの相川小学校は木造平屋で、周囲の緑に溶け込み、簡素で清潔な校舎でした。
  講習会の前日の8日夜は、校庭で地区の納涼祭が開かれ、露店が並び、相撲大会や踊り、花火などがあり、地元の人たちでにぎわったそうです。講習会にも保護者のほかに地元の人たち5、6人が見学に訪れ、学校と地元の密接なつながりがうかがえました。
  相川小では昨年の運動会で、4〜6年生が初めて一輪車の演技を披露しました。上級生は永渕さんの指導で、2人が逆向けに手をつないで回転する技などに挑戦、9月の運動会に備えました。乗れない1年生は、小山さんと先生に支えられ、何度も体育館を往復。みんなほほを真っ赤にして、がんばっていて、ぼんやりしている子がいないのには感心させられました。汗びっしょりの右城朋香さんは「初めて一人で乗れた」と、大喜びでした。
(2007/8/27-2)


汗かいたけど上達して笑顔 岩手・宮城で一輪車講習会

<岩手県花巻市立笹間第二小学校>
  宮沢賢治の故郷として知られる岩手県花巻市の南端に、市立笹間第二小学校があります。8月8日、灼熱の太陽は、東北地方にも手加減なく照りつけ、気温はうなぎ上り。それを学校の周りの緑が和らげてくれていました。笑顔で迎えてくれた堀合範子校長は「この辺は自然が多くて、子供たちは伸び伸びと成長しています」と話してくれました。
  夏休み中でしたが、19人の児童が自主参加、その上、10数人の父母が講習会の様子を見ようと、体育館に来てくれました。
  財団から「この一輪車講習会は、運動に参加している全国2万8000のPTAからの贈りものです。充実した時間を過ごして、技術の向上に役立ててください」と、趣旨を説明。この後、何度も全国大会で優勝してきたインストラクターの成田美香子さんと干場明日美さんによる模範演技が始まりました。
  直進、片足走行から始まり、タイヤ乗りや片足タイヤ乗りと、だんだんと難度が高くなっていくと、「うわー、すごい」と、歓声が上がりました。 さらに、横乗り、蹴り上げ乗車で、拍手。連続スピン、片足スピン、ジャンプスタンディングなどさらに高度な技になっていくと、体育館は盛んな歓声と拍手に包まれました。
  この後、1年生5人のグループと2〜6年生14人のグループに分かれての実技指導。乗れなかった1年生は何度も転びながら、チャレンジ、やっと数メートル走れるようになって、見学していた先生やお母さんたちから拍手。2〜6年生は手をつないで円を描くチームプレー。ひとりが失敗すると、バタバタと倒れる難しい演技でしたが、全員心をひとつにして見事な円を描きました。
  約2時間の講習会の終了時には、全員汗びっしょり。しかし、目に見えて上達して、みんなの顔に充実感があふれていました。
  成田さんと干場さんは、全員の一生懸命さに感心。「普段から、上級生が下級生の面倒をよく見ている」という堀合校長の言葉通り、チームワークのよさが目立ちました。「お互いがしっかりと手を握り合っている姿に思いやりが見て取れました。素晴らしかった」と成田さんと干場さん。
  笹間第二小は、毎年5月に地区の住民と一緒に運動会を開いており、児童の一輪車の演技は、人気が高いそうです。一層レベルアップした演技に、いっぱい拍手が送られることでしょう。

<宮城県栗原市立萩野第二小学校>
  萩野第二小学校のある栗原市は、宮城県の北西部にある築館町や金成町、若柳町など10町村が2005年4月に合併してできました。人口は約8万人、面積は804平方キロと、宮城県内で最大の田園都市になっています。学校は、岩手県境に近い金成地区にあります。8月9日、前日の花巻市立笹間第二小学校に続いて訪問しました。10数年前に建てられたという校舎は、メルヘンチックな造りで、子供たちの元気な歓声が響き渡っていました。
  「うちの子供たちは一輪車が大好きで、今日の日を楽しみにしていたんです」という佐藤博校長の言葉通り、34人の児童たちは一輪車大好き。 休み時間も一生懸命練習、乗れない後輩に先輩が教えたり、日々の積み重ねが、着実に実を結んできたようです。毎年開かれる宮城県の一輪車競技大会では、昨年も総合で優勝、14連覇を達成しました。
  この学校でも、成田美香子さんと干場明日美さん、二人のインストラクターが模範演技をした後、うまく乗れないグループと上級グループに分かれての指導が始まりました。
みんな目がキラキラ輝いて、「上手になろう」という気持ちが伝わってきました。
  東北地方も連日30度を超え、体育館の中は、蒸し風呂のような暑さでしたが、みんな時間の経つのも忘れて、練習しました。「こんなに短い時間でもすぐにうまくなるんだ」と、驚くほどの上達ぶりに、先生やお母さんたちも盛んに拍手を送っていました。
  講習会が終わった後、体育館の出入り口に全員が一列に整列、成田さんと干場さんに感謝の気持ちをこめて握手と拍手で、見送ってくれました。

<岩手県一関市立津谷川小学校>
  宮城県気仙沼市と栗原市に隣接した岩手県一関市の東端に、市立津谷川小はあります。最も近いJRの千厩駅まで車で20〜30分はかかります。熊谷正校長は、この小学校の卒業生で、熊谷校長が通学していたころは、300人を超える児童がいたそうです。それが、過疎化と少子化の中で、どんどん減り続け、現在の児童数は33人になっています。
  津谷川小は、今回の一輪車講習会東北コースの最後。 8月10日も相変わらず猛暑が続いていましたが、みんな元気いっぱい成田、干場両インストラクターを待っていました。
  児童のうち24人が、補助なしで乗れますが、全員が補助なしで乗れるようになると共に、もっと技術アップをして、運動会で素晴らしい演技を披露するのが、ひとつの目標だそうです。
  みんな目を輝かせながら、練習が始まりました。乗れない子は、成田さんに補助してもらいながら、何度もチャレンジ。乗れる子は、干場さんに指導を受けながら2人で手をつないでの走行、さらに人数を増やして円を描いたりと、レベルアップ。この間、干場さんは、座席が高い子や低い子がいるのを見つけ、「座席はおへその高さぐらいがいいのよ」と話しかけて、調整もしていました。
  そうしているうちに、近くにある保育園の園児10数人が飛び入りで見学。お兄ちゃんやお姉ちゃんの練習を熱心に見つめていました。そして、干場さんの模範演技が始まると、盛んに拍手を送っていました。
  約2時間の練習が終わるころには、めきめき上達、お互いが手をつなぎあう高度な技にも挑戦、体育館に大きな輪ができるようになりました。
(2007/8/27-1)


佐久島の子ら招待しベルマーク劇場
「眠れる森の美女」楽しむ

 本物の芸術に触れる機会が少ない山間地や離れ島の子どもたちに夢や感動を与えようという「ベルマークファミリー劇場」の公演が8月12日、愛知県一色町の公民館ホールでありました。出し物は劇団東少のミュージカル「眠れる森の美女」。同町と町生涯学習推進本部、ベルマーク教育助成財団の主催で、町内外からの親子連れら約480人が約2時間の華麗な舞台を楽しみました。
 同町は、養殖ウナギとエビせんべいの生産がそれぞれ日本一の町で、忠臣蔵の敵役である吉良上野介の領地だった吉良町の西隣に位置しています。三河湾に浮かぶ佐久島は湾内で一番大きい島で、佐久島小中学校(小学校13人、中学校11人)があります。この日は両校の親子が招待され、計27人が訪れました。
  「眠れる森の美女」は、チャイコフスキー作曲のバレエやディズニーの絵本、映画などでもおなじみの物語です。同じ日に生まれた王女とお城の料理番の娘を対比させながら、人間にとって本当に大切なものは何かを考えさせていきます。
  料理番の娘への誕生祝いは糸車だけ。一方、王女には豪華な料理や金品のほか、赤と緑の妖精から知性、美しい歌声、健康な体などが贈られました。ところが、そこに黒の妖精がやってきて祝いの席に招かれなかったのに腹を立て「王女が18歳になったとき糸車の針に刺されて死ぬ」という呪いをかけます。遅れてきた白の妖精によって王女は刺されても死なず、眠りにつくようになりましたが、王様は国中の糸車を一つ残らず焼き払うよう命令しました。しかし、料理番の娘の糸車は祖母から母へ、そして母から娘へと代々受け継がれてきた大切なもの。棚の奥に隠されました。
 18年後、美しく成長した王女がこの糸車の針に刺され、深い眠りにつきます。そこで王子と出会い、自分のわがままさに気づかされる夢を見るのです。「本当に大切なものは目には見えない。心の眼で見なければ」と言う王子の心が伝わって王女は100年の眠りから覚めます。
  劇団東少が公演に込めたのは、21世紀を生きる子どもたちに「人に対して思いやりの心を持つ大切さ」を伝えること。舞台に引き込まれて歓声を上げ、公演終了後に王女(松下萌子さん)や王子(溝呂木賢さん)、料理番の娘(沢井美優さん)らの見送りを受けた子どもたちの中には、やさしい思いやりの心が確かに芽生えたようでした。
(2007/8/14)
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