2016年秋季号 読んでみたい本


(2016/10/11)印刷する

  

児童文学評論家 藤田のぼる

  

 本紙の前号でもおしらせがありましたが、この欄の前の執筆者でいらした鈴木喜代春先生が亡くなられました。享年90歳でした。今は必ずしもそうでもなくなりましたが、かつては児童文学の書き手で教員もしくは元教員という方が、少なくありませんでした。その二つの仕事を両立させることは大変ですが、それを見事にやりきった代表格が喜代春先生だったと思います。僕がこの欄を受け継いだのは一昨年です。その際、先生が書かれた何回分かの切り抜きを見せてもらいました。何より子どもの本への無条件の〈愛〉を感じ、正直言って「これはちょっとかなわないな」と思ってしまいました。

 先生は1925年生まれで、郷里青森の師範学校を卒業し、教員となったのが45年9月、つまり敗戦の直後です。それだけに、子どもたちの生活環境や平和への思いは、最後まで強いものがありました。代表作はやはり『十三湖のばば』でしょうか。津軽半島北西部の寒村で、11人もの子どもを産んだばばの回想ですが、その中身は、子どもたちが幼くして、あるいは若くしていかに死んでいったかという、ある意味衝撃の書です。しかしその物語すらも、喜代春先生の語り口にかかると、懐かしさと温かさが伝わってきます。仕事一筋に励んでこられた鈴木喜代春先生のご冥福をお祈りします。

  


  

 さて、ここからはいつも通り、ジャンル、グレード別に本を紹介していきます。まずは絵本から。

  

『よるのさかなやさん』(穂高順也・文、山口マオ・絵、文渓堂)

 夜の動物園とか夜の図書館などを題材にした絵本もありますが、これは夜の魚屋さん。「死んだふりをやめて、外で遊ぼう」と、魚たちが次々に飛び出し、夜空を泳ぎ回ります。つられてやってきたのらねこたちと魚たちとの対決。不思議とユーモアが合体した世界を、独特の色使いの絵が支えます。魚たちが「まるでいきてるみたい」と大評判、というラストが笑えます。(低学年向き、1500円+税)


『ひまなこなべ』(萱野茂・文、どいかや・絵、あすなろ書房)

 アイヌの昔話の絵本化で、タイトルは「暇な小鍋」の意。全体は、この世界で高位なくま神が語る形になっており、くま神が人間に恵みをもたらすために、射止められ、アイヌたちは感謝の宴を開きます。そこで見事な踊りを披露する若者がおり、その若者もなにかの神らしいと、くま神は思うのですが、正体がつかめません。それが実は小鍋の神だったわけですが、動物や道具にも魂が宿るという世界観が、とても自然に胸に響いてきます。(低・中学年向き、1400円+税)


『「ごめんなさい」がいっぱい』(くすのきしげのり・作、鈴木永子・絵、PHP研究所)

 数もなかなか覚えられず、走るとよくころぶふうちゃん。いつのまにか「ごめんなさい」が口癖に。遊びに来たおばあちゃんに注意され、目のお医者さんに連れていくと、ふうちゃんには近くのものがよく見えてなかったことがわかりました。ふうちゃんのお姉さんが語り手で、気づいてあげられなかった悔しさとやさしさが心に残ります。眼鏡をかけ始めた子のいるクラスなどでも、読んであげたい絵本でした。(低・中学年向き、1300円+税)


『日本の川 あらかわ・すみだがわ』(村松昭・作、偕成社)

 絵地図で展開する「日本の川」シリーズの7冊目で、秩父山地を源流とし、東京湾に注ぐ荒川が描かれます。東京の川として代表的な隅田川は、荒川の下流部分を言うのです。まずは緑豊かな上流地域、ダムも作られています。古くから人が住み、古墳なども残る中流地域、そして隅田川と、大正時代に氾濫を防ぐために作られた荒川本流。ある意味、とてもローカルな絵本ですが、台風などによる水の被害が多くなっている昨今、川と人間との歴史を学ぶ格好の一冊でもあると思いました。(中学年以上向き、1500円+税)


 


 

 次は、低学年から中学年向きの読み物です。

 

『トンチンさんはそばにいる』(さえぐさひろこ・作、ほりかわりまこ・絵、童心社)

 ひなたが着ているTシャツの水玉の数を一目で言い当てるゆうくん。雨が降ってくるのを予測できるゆうくん。でも、他の男の子たちからバカにされても、何もいえません。ひなたが「どうして、いろんなことがわかるの?」と聞くと、ゆうくんは「トンチンさんが教えてくれる」というのです。子どもたちがそれぞれの心にしまっている秘密の箱の中をそっと見せてくれるような、不思議に温かい物語です。(低・中学年向き、1000円+税)


『天馬のゆめ』(ばんひろこ・作、北住ユキ・絵、新日本出版社)

 生まれたばかりの小さな飛行機。初めて操縦したパイロットが「天馬」と名づけてくれました。航空隊の練習機である天馬には、たくさんの練習生が乗り込んできますが、ある日、天馬は別の飛行場に飛ばされ、鮮やかなオレンジ色の上から、緑のペンキを塗られます。戦争で多くの飛行機を失った日本は、木と布で作られた練習機までを、特攻機にあてることにしたのです。史実をもとにしながらも、空を翔(かけ)る小さな飛行機の視点で、戦争の非人間性が告発されています。(低・中学年以上向き、1400円+税)


『ゆず先生は忘れない』(白矢三恵・作、山本久美子・絵、くもん出版)

 子どもたちから「ゆず先生」と呼ばれる4年1組の斉藤ゆずる先生。避難訓練でふざけた子がいた時、いつになく厳しい顔になります。そして、20年前、自分が4年生の時のことを話し始めます。阪神大震災があり、被害のひどい所に住んでいたおじいちゃんの安否がわからず、両親と一緒に歩いていったことがあったのです。20年前と今とが並行して語られていく中で、震災の中で学んだ人のつながりの大切さがひしひしと伝わってきます。(中・高学年向き、1200円+税)


 


 

 ここからは、高学年および中学生以上が対象の本です。

 

『ぼくたちのリアル』(戸森しるこ・作、佐藤真紀子・絵、講談社)

 秋山璃在(リアル)・5年生。名前もすごいけれど、スポーツ万能、成績優秀、性格も明るく、文字通りの人気者です。主人公は、そのリアルの隣の家に住む飛鳥井渡で、去年まではクラスが別で気が楽だったのですが、5年生で同じクラスになり、幼い時と同じように「アスカ」と呼んでくるリアルをやや持て余し気味です。物語はこの二人を軸に、女の子のような容貌でひたすらリアルを頼りにする転校生の川上サジ、リアルがあこがれるクールな美人の甲斐先生などが絡み、アスカだけが知るリアルの家族の〈秘密〉が次第に明かされていきます。但し、この作品の魅力は、なんといっても彼らのクラスの描かれ方。スーパー少年のリアルも含め、それぞれがかけがえのない個性なのだという作者のメッセージが、作品に力を与えています。(高学年向き、1300円+税)


『ライオンのおじいさん、イルカのおばあさん』(高岡昌江・著、篠崎三朗・絵、学研プラス)

 04年に刊行された『動物のおじいさん、動物のおばあさん』の第2弾。国内の動物園の高齢な動物たちのことが、担当の飼育員さんによって語られます。推定46歳のバンドウイルカ、下田海中水族館のナナや、66歳の神戸市王子動物園のチンパンジー、ジョニーなど、7頭の動物たちが登場します。飼育員さんたちの言葉を通して語られるどの動物たちも存在感抜群で、生きていくこと、それ自体がドラマなのだなあ、と感じさせます。(高学年以上向き、1400円+税)


『昔話法廷』(NHKEテレ「昔話法廷」制作班・編、今井雅子・原作、イマセン・法律監修、金の星社)

 昨年と今年の8月、Eテレで放送された「昔話法廷」。昔話を題材に、そこで行われる「犯罪」が、果たして有罪か無罪か、何の罪に当たるのかが検証されます。対象は、「三匹のこぶた」「カチカチ山」「白雪姫」の3話。どれも裁判員となった一般人の視点で語られ、「三匹のこぶた」では、弟こぶたがオオカミを殺したのは、計画殺人なのか、正当防衛なのかをめぐって、論戦が繰り広げられます。どれも評議が始まるところで終わっており、結論は読者に委ねる形になっています。(高学年・中学生以上向き、1300円+税)


『いい人ランキング』(吉野万理子・作、あすなろ書房)

 こだわりのない性格で、誰とも仲良くしてきた中2の木佐貫桃。異変のきっかけは、文化祭での「ミス・ミスター岬中コンテスト」が学校側から却下されたことでした。女子リーダーの沙也子は、外見で人を選ぶのがだめなのなら、「いい人ランキング」の投票をしようと提案します。果たして、圧倒的な1位に選ばれたのは桃でした。しかし、その後から桃を取りまく空気が変わっていき、妹の助言で、同じ2年生の尾島圭機に相談します。なぜ桃がクラスで孤立するようになったか、いかにしてそこから脱出するのか、圭機の処方箋は、桃にとっては思いもかけないことでした。意外性のある展開と人物配置から、中学生たちの揺れる心のありかがあぶり出されます。(中学生以上向き、1400円+税)


『さくら坂』(千葉朋代・作、小峰書店)

 舞台は北海道。高2の春を迎えた美結の目標は、6月の放送コンテスト地区大会。そこを突破すれば、全国大会出場の道が開かれます。その矢先、学校の階段で転んで病院に運ばれた美結に待っていたのは、骨肉腫という驚きの診断でした。下肢切断を勧める医師の言葉を、女子アナの夢を持つ美結が受けとめることは、到底困難なことでした。医師や看護師、義肢装具士など、美結を見守る大人たち、そして美結の背中を押したのは、放送コンテストのために取材した、サッカー部の控えキーパーの言葉でした。パラリンピックで見たアスリートたちの、人知れぬ闘いを垣間見た気もする物語でした。(中学生以上向き、1400円+税)


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