福島県・被災校ルポ


(2017/10/11)印刷する

 

避難先で学校再開、「浪江の子が浪江の学校で学ぶことが大切」

 

 浪江中学校 

 今年4月に全町に出ていた避難指示が一部地域を除いて解除された福島県浪江町。9月8日、二本松市の避難先から浪江中学校(笠井淳一校長、生徒9人)の全校生徒が浪江町を訪ねると聞いて、同行させてもらいました。

JR浪江駅では常磐線の再開状況の説明を受けました

 「本来ならば、多くの生徒が学ぶはずだった校舎を、ぜひ見せたい」と笠井校長が計画しました。いまの校舎は福島市の中心街から車で約40分ほどにある、廃校になった小学校校舎です。6人がスクールバス、2人が公共バス、1人が親の送迎で通っています。

 1人が欠席でしたが、引率の先生15人とスクールバスに乗り、午前8時30分、学校を出発し、15分の休憩を入れて1時間半で町に着きました。JR浪江駅や請戸港で復興状況を見て、高台から太平洋を臨む高台にある東日本大震災で犠牲になった町の人たちの慰霊碑にお参りしました。笠井校長や先生たちは知り合いや同僚だった先生の名前を見つけては思い出を話し、死を悼みました。4月に機能を再開した町役場では馬場有(たもつ)町長と面談しました。

海を臨む高台の慰霊碑で、笠井校長(左)が知人の名を見つけ、先生たちも同僚だった先生たちの名を見つめていました

 「復興とは、浪江町がどうなることだと思いますか」

 町長の歓迎の言葉を聞いた後、生徒から真っ先に出た質問です。馬場町長も、さすがに驚いた様子でした。

 「昔のような町に戻ること。建物が元に戻るとか、いろいろあるけれど、町の人の気持ちが昔のように戻った、と思えること。ハートの問題が大事」と、「心」を強調しました。

浪江中学生の訪問を歓迎する馬場町長(右)

 町の復興予算や全国から寄せられた激励や支援への感謝、町の好きなところについてやり取りが続きました。

 「苦しかったことは」。そう問われた馬場町長は、「いっぱいあります」。

 予想もしなかった原発事故が起き、町の人たちをどこに避難させればいいのか、情報もない中で判断を迫られたことや、どこに、誰が避難したのか、町でさえも分からなかったこと、などです。

 「一番つらかったのは……」。5秒ほどの沈黙の後、避難指示が出たために、助けられた生命を救うことが出来なかったことを話し、目に涙を浮かべました。

 「話せば、つらいことばかりでした」。

 面談後、3年の渡邉なつみさん(15)が「強く、前に向かって町長さんが頑張っているので、自分たちも頑張ろうと思うことが出来ました」とお礼を述べました。

 馬場町長も「将来のある子たちと話せて清々しい気持ちになりました」と力をもらった様子で、「ぜひ町を背負う人材に育ってほしい」と期待を述べました。

卒業式会場だった体育館
先生たちが掃除し、除菌された在校生の私物が引き渡しを待っていました


 原発事故前は1学年7、8クラス、約千人が通っていた浪江中学校は、まるで6年半前に時間が止まったようでした。

 卒業式があった体育館には割れたガラスが散乱し、教室の黒板には卒業を祝うメッセージ、廊下にも在校生が心を込めた色とりどりの祝福カードがいっぱい飾られていました。先生たちが掃除し、除菌した在校生の荷物は机の上に整然とまとめられていました。校舎内を見て歩き、業者さんにドローンを飛ばしてもらい、空から学校周辺の様子を確認しました。1人ひとりがドローンの操作もさせてもらい、最後にはドローンに向かって笑顔で記念撮影に収まりました。

教室の時計はあの日の、あの時刻を指したままでした
校庭に出て、ドローンを使って空から学校周辺を探索

 福島県からは今も県内外に5万5千人が避難を続けています。避難指示が解除されても、すぐに戻れるわけではありません。福島大学の研究チームが9月に発表した、浪江町を含む双葉郡住民の実態調査中間報告では、「無職」と回答した人が約6割という現実があります。自宅の建て替え・改修、病院や買い物といった最低限の暮らしの基盤さえ、まだまだ時間がかかりそうです。

 浪江町には来年春、新たな小・中学校が開校しますが、「避難先再開校」の役割は終わりそうもありません。

 「どこにいても、根っこが大切です。背景を共有する浪江の子が、浪江の学校で学ぶ。それが大切です」と笠井校長は力を込めます。まだまだ物心両面の支援が必要とされています。

ドローンに向かって、校舎を背に記念撮影

 

浪江小学校・津島小学校

 浪江小学校、津島小学校も二本松市内の別の廃校舎を使っています。同じ校舎を利用していますが、両校に校長、教頭がいます。2校合わせて児童が5人ですから、運動会には住民100人が参加し、たいへんな盛り上がりを見せたそうです。町の代表的行事「十日市」は帰還した町で復活しますが、これまで開かせてくれた二本松市に感謝をこめて、市内でもプレ開催する準備が町商工会を中心に進んでいます。子どもたちは手作りのみこしを担いで参加する計画です。学校の存在と小学生が、避難生活を続ける大人に元気を与え続けています。

浪江小学校の校長室には、全国に散り散りになった浪江町の小学生の避難状況の地図がありました

 ふるさと愛を詠み込んだ「なみえっ子カルタ」を考え、郷土陶芸を学ぶ子どもたち。先生たちもきめ細かい指導の中で、いつも「浪江町」を意識して、子どもたちと接しています。6年生でさえ震災時は幼稚園児でしたが、「浪江の子として、何が出来るかを子どもたちは意識して、行動してくれています」。

浪江小の遠藤和雄校長、津島小の郡司博明校長とも、そう感じています。

浪江小、津島小ではほとんど1対1の授業。
「1人の子を、いろんな教諭が、多面的な角度から見ることができます」

ベルマーク商品

トナーカートリッジ

ベルマーク検収

今週の作業日:12/11~12/15
11/29までの到着分を作業中

月別記録BOX

PAGE TOP